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新井高子さん『ベットと織機』

「女、汝たくましきもの」
 開口一番、小気味よい語りのリズムが、読者をぐいと引きずり込むのは、一昔前の織物工場(コーバ)のど真ん中。そこには「赤ンぼオブって」汗と乳をほとばしらせて、働きづめに働いている女工たちが生きている。むせ返るような機械油と髪油の臭い、耳を圧して鳴り響く力織機の凄まじい音。生きることそのものが剥き出しにされているようなコーバでは、性の喜びも悲しみもまた、あけっぴろげで誰はばかることもない。女たちを捉えて離さぬ「業」や「宿世」からまりあう「縁(えにし)の糸」を突き抜けて、内側から噴出するエネルギーに圧倒される。
 女工、というと、過酷な労働と貧困にあえぐ悲惨な弱者、といったイメージが付きまとうが、新井の描く女工たちは、なにしろたくましい。たまたま待遇のいい工場であったのかもしれないが、仕事がきつくても陽気に闊達に時に猥雑に生を謳歌する女たちの姿が、「ジャンガンジャンガン、力織機が騒(ぞめ)くなか」陰影も色彩も色濃く立ち昇ってくる。(「ベットと織機」)
 もちろん、工場での不慮の事故や、恋人の裏切りといった不幸な事件、破産や貧窮といったやるせない悲しみもある。だが、そうした「できごと」を語る伝奇めいた物語は、物の怪や怪かしの生きものたちが住んでいる異界と「コーバ」が隣接していることを、ぞくぞくするような生々しさで知らしめる。幽霊や地霊のような見えざる者たちと共に生きている場所が、間違いなくここにあるのだ。
 この詩集の魅力は、なによりもまず、文体の生み出すエネルギーにある。織物工場の一人娘として実際に見聞きした体験を、身に馴染んだ土地の言葉で語ることによって生まれる臨場感。浄瑠璃や歌舞伎、近現代の詩歌や演劇などへの深い造詣が、生きて蠢くような言葉の群れを立ち上げていく、その道程の鮮やかさ。
織物とそれを生む女たち、という主題もまた、多重の魅力を備えている。アマテラスは機屋、織物に深く関わる女神であるし、岩戸に隠れた女神を呼び出した、アメノウズメのおおらかな歌謡と舞踏のイメージは、生が性であり同時に聖でもあった時代の、多産と豊饒の祭礼を喚起する。前作の『タマシイ・ダンス』において、陽気に天宇受売命を召還した詩人が、寝台と織機を通じて呼び出そうとしているのは、生む者であり、また産む者でもある、女の力そのものではなかろうか。
 過酷な現実を笑いのめし、洒落のめすことによって乗り越えていくたくましさ、推進力としてのイロニーもまたこの詩集の大きな魅力だろう。詩集後半にまとめられた震災、特に原発事故をめぐる一群の詩は、人間の愚かさや物欲、経済欲の果ての狂態とそれが生みだした悲惨を痛烈に抉り、文字通り怒涛のように押し寄せて来る。生半可な憤りや悲痛の叫びよりも、よほど強烈である。しかしこれが、読んでいて不思議と辛くないのだ。もう、笑うっきゃないよ、という強靭な笑いの力が全篇を貫いている。
 女たちのたくましさと、痛快な反骨精神。痺れるような「読みの楽しみ」に、どっぷりと浸ってみてはいかがだろうか。
 詩集『ベットと織機』 新井高子著    未知谷 定価(本体2000円+税) 『びーぐる』25号書評欄掲載 ※写真家の石内都さんによる、素晴らしい表紙写真が、カバーになっています!
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by yumiko_aoki_4649 | 2014-10-26 09:51 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)
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