Yumiko's poetic pictures

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光の窓

こぶしの花がほぐれてゆく
記された文字をたどるように
花びらをなぞる光の指
仰ぎ見る枝に切り取られた空が
しめった黒土の上に落ちて
無数の光の窓が生まれる

明るさを踏んで歩きながら
花の吸い上げていくものに耳を澄ませる
胸に耳を寄せたときの 力強い鼓動
その向こうに流れのぼる 懐かしい気配
眠りのたびに 私のかたわらを流れ行くもの

こぶしの木の内をめぐり
私の肌の下を走り
青空の果てまでのぼりゆくもの
幾億年の時の記憶が
私の芯に折りたたんでしまわれている
それを開いて見せるのが
母と名付けられた者に
課せられた役目だと知りながら
すぐに破れてしまう薄皮を
広げのばすことができない

戯れていたこどもたちの
やわらかく湿った指は
ほどかれて既に遠い
母である必要はもうないのだと
がらんどうのからだを樹の陰に寄せる

名を脱ぎ捨てれば
身に言葉を記すことが出来るだろうか

重みに耐える空の下で
文字が静かに開かれていく
光が私をとかしていく
したたりが水面に落ちて
波紋がひろがる

『ユリイカ』2014年6月号 入選
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by yumiko_aoki_4649 | 2014-05-28 16:15 | 詩、詩論 | Comments(0)

谷川俊太郎『こころ』について

「なおも、いのちは続いていく」 

 黒い四角の中にポッカリ空いた光の穴、その中で、手に持った「なにか」を一心不乱に見つめながらうずくまる男の子。母体の中の胎児のようにも、「向こう側」の世界へ通じる通路のようにも見える、印象的な表紙である。帯には、心は、どこにいるのだろう、と記されている。ある、ではない。集中から採られた一節だが、物、としての心を問うのではなく、生き物である「こころ」に向き合う詩人の姿を、もっともよく表している言葉ではないだろうか。
 新聞連載、という性質上、小学生から老いを迎えた人々にまで、万人に届く言葉で綴られているが、ココロとアタマ、カラダ、そして魂を、それぞれ独立した感覚器官としてとらえ、その声に耳を傾ける谷川ならではの自問自答が、全篇を貫いている。若い読者を意識したのであろうか、問いかけの後に答えを用意した丁寧な作品も多い。
 五年に渡る新聞連載中、東日本大震災が起きた。時系列で並べられた作品は、そのとき、を越えてさまよい続ける谷川自身の「こころ」を、ロードムービーのように映し出す。震災直後に書かれたという「シヴァ」。言葉を失い、思考停止を余儀なくされた詩人の脳裏に浮かんだのは、破壊と創造の神、その怒りの姿だった。高踏的と感じる読者もいるかもしれない。しかし、あまりの衝撃の大きさに、ただ無言でテレビ画面を見続ける他、なすすべがなかった当時の多くの人々にとって、天の怒りか、という詠嘆もまた、実感として思い起こされる記憶である。(なお、この作品は執筆直後ではなく、2013年の3月11日に発表された。)
 その後、「言葉」という一篇が生まれた。言葉にし得ない惨状に、言葉でしか向き合えない者はいったいどうすればいいのか、という真摯な問いかけは、「瓦礫の下の大地から」発芽する言葉、を発見していく。詩人は、「言い古された言葉」が、「新たな意味」を帯びて蘇生するのを目の当たりにする。祈りの発見、と言い換えてもいい。やがて、詩人は被災地で無数に交わされた「ありがとう」の深さを拾い上げ、生きることへと願いを運んでいく。「遠くへ」は、集中もっとも切実な哀悼歌であろう。いのちが生まれ、また帰っていく場所へ、せめて心だけでも辿り着くことを希求する鎮魂の歌。
 その後の生へと思いを寄せて、詩人の旅はひとまず閉じられる。読者もまた、詩人と共に自らの「そのあと」を想い起こしつつ、この詩集を閉じることだろう。続いていくいのちの営みを、静かに鼓舞する詩集である。

朝日新聞出版 1260円(税込) 発売日2013年6月7日 
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by yumiko_aoki_4649 | 2014-05-19 14:19 | 読書感想、書評 | Comments(0)
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詩や詩に関わるものごとなど。


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