Yumiko's poetic pictures

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うゆらら・・・私が「詩」と出会った頃

はじめて「詩」を書いたのはいつだったろう……1人で本を読めるようになったころ、『ねえ、おはなし よんで』という分厚い本の中に「まど・みちお」という不思議な名前の人をみつけた。その人の数行の文字列を、探しては繰り返し読んでいた。その時は「詩」という言葉も「詩人」という言葉も知らなかったけれど、作品としての詩との出会いは、きっとその頃だと思う。

住宅街から森を抜け畑を抜け、川を渡り……ようやくたどりつく小学校は、大人の足で40分、子供の足では2時間近くかかる遠路の果てにあった。(東京の東久留米市に生まれたが、3歳からは川越の郊外…霞が関カントリークラブの近郊に長いこと住んでいた。)白鷺が飛ぶ空の向こうに、秩父連山が青く望まれ、時には富士山も薄っすら姿を見せる。通学仲間といつのまにかはぐれてしまう極度にマイペースな子供にとって、それは想像力の森をくぐり抜ける豊かさに満ちた時間だった。私の「詩」との出会いは、あの通学路で既に準備されていたのかもしれない。

教科書を手に入れると、その日のうちに国語は全部読んでしまう、そんな本好きの子供にとって、「詩」は読むものではあっても、書くことなど思いもよらない、なにか特別なものだった。だから、授業で「詩」を書くことになった時は、本当に緊張した。10歳くらいの頃だったと思う。考えあぐねた末、「生命の門」という題で、一篇の詩を書いた。暗い灰色の空間に、ほのかに明るんでいるところがあって、その境目に虹色のチューブのような門がある。生き物はその向こうからやってきて、またその向こうに還って行く……絵も添えたかもしれない。先生にめちゃくちゃ褒められ、自分としては非常な居心地の悪さが残った。なぜならその「詩」は、当時夢中になって読んでいたミヒャエル・エンデの『はてしない物語』の中の、ウユララの門、という印象的なエピソードを、言葉に直したに過ぎなかったからだ。

ウユララとは、世界の真実を告げ知らせる巫女のような存在だが、声だけで実体を持たない。そのお告げ所に入るためには、現世の記憶を全て忘れなければならないので、大抵の者は何のためにウユララに逢いに行ったのかすら忘れてしまい、二度と戻ってくることができない。それでもなお強い念に引かれて、この世に戻って来られた者だけが、ウユララの声を人々に伝えることができる……大人になってから読み直していないので、当時の記憶のままに記しているのだが……そんな異界の声をこの世に連れて来る者、それが詩人であり、その声こそが「詩」なのだと、10歳の私が考えていたのか、どうか……定かならぬものの、今でも、たぶんそのあたりに「詩」が漂っている、ような気がしている。

『千年樹』69号エッセイ


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by yumiko_aoki_4649 | 2017-02-27 09:28 | 随想 | Comments(0)

「明日への美」展に参加して

震災後に李景朝、三代沢史子、森田直子さんら三人の画家によって
「平和を願う美術家の集まり」という会が立ち上がりました。
五回目にあたる昨年、初めて参加した折のことをエッセイに記しました。
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by yumiko_aoki_4649 | 2017-02-04 13:08 | 美術展感想 | Comments(0)
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詩や詩に関わるものごとなど。


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