第一印象が忘れられない・・・そんな稀有な出会いに恵まれることがある。はじめてタケイの詩作品に触れたのは、2015年、『詩と思想』の詩誌評を担当している時だった。『どぅるかまら』十七号、タケイ・リエの「遠い国」から〈ひとのたましいはわたしたちの肩に乗って移動することも書き留めておきたい〉〈生きるために死んだふりをしていた日々を噛んでのみこむと腑に落ちてきた〉を引用しつつ、「一行のみで自立しそうな、三十字前後の息の長いフレーズが、ゆるやかに続く。自由律短歌の連作と、行わけ詩との中間に位置するようなスタイル」と寸評を付した。限られた誌面で割愛せざるを得なかったが、自由闊達な跳躍を見せる詩行の“はこび”と、起承転結の整った骨格のしっかりとした“つくり”に魅了された。死者の魂が、まるで肩車をするような親しさで地続きの白夜の国へ旅立つ、という展開に驚き、〈クローバーやノラニンジンなどの植物柄〉〈シナモンロール〉〈ふわふわのシフォンケーキ〉といった選語のセンス、〈お金がないときこそよいものを買って死ぬまで使おうって決めたから〉という価値観をもって〈一脚の椅子に座っている〉という決意にも惹かれた。しなやかさを保ったまま、しっかりと自分の足で立つ女性、可愛らしいものも愛おしみながら、自らの生き方を自分で決めていける、そんな芯を持った女性をイメージした。以来、タケイ・リエの名前を見かけるたびに探して読む、という読み方をしてきた。
今回上梓された『ルーネベリと雪』に、「遠い国」が収められていて嬉しい。この詩の前には〈いま、ここにしかいないわたし〉を〈うるんでもうるんでも優しくない指〉で自らメイクアップしていく「いろいろのいろ」が置かれ、「遠い国」の後には「らとびあ」「ルーネベリと雪」が配置されている。白樺と黒いライ麦パンの国、〈麻のクロスが皺ひとつなく敷かれ/土でつくった器がテーブルに〉並ぶ国。〈北緯六十六度三十三分 サンタクロースの街〉。「遠い国」と合わせて読むと、大切な人が旅立っていく場所であり、そこから〈サンタクロース〉となって還ってくる場所のようにも思われてくる。
バルト三国やフィンランドを実際に訪れた時の体験かもしれない。しかしそれ以上に、そこに描き出される“暮らし”の質感、そうありたい暮らしへの希求が胸に響く。表題作品の最終行は、〈世界中が雪にすっぽり覆われていても/わたしたちの部屋は どうか/ちょうどよい暖かさでありますように〉と祈りで締めくくられる。この祈りが胸に迫ってくるのは、詩集冒頭に置かれた二篇、「ターミナル」と「おりがみ」に、私が過去の自身の感情を重ねて強く反応したから、かもしれない。
「ターミナル」は、〈かたむいた帰り道を/引きのばしながら歩いていた〉と始まる。打ちのめされた時の、〈わたし〉を取り巻く世界の風景。胸の内で沸騰するマグマのようなものの出口を見出せぬまま、木々の葉の照り返しを〈光は粉々に割れてゆく/割れながらきらきら笑ってみせる/たのしいことはかんたんに/きらきらと割れていった〉と見てしまう、喪失の心情。あるいは〈あらゆるものは「砂漠」で/茶碗の底だった〉〈「砂漠」から/はやく出たいと願うわたしは/真っ赤に怒って/血を流しながらぴょんぴょん跳んだ/どんなに跳ねても/砂粒が足うらに刺さるばかりで〉という、殺伐とした生活の感受。〈わたしと子どもは/沈黙をテニスボールにして投げあい/絵本のなかに隠れた/すると子どもが口をなくしたので〉・・・タケイの実情を私は知らない。知らないが、いわゆるワンオペ育児の切迫感がこみあげてくるのを感じる。
我が家の場合は義父母と完全同居だったので、ワンオペどころか、手が有り過ぎるという“幸福”な状況だった。そこで、“今しかできない子育て”の充実を満喫していた、はずだった。それでも拭い去れなかった閉塞感は、いかに子と関わるべきか、といった情報は溢れていたにせよ、私、を主体とする対話が奪われているに等しい日常から生じていたに相違なかった。私は、このまま老いて死んでいくのではないか。この世に生まれてきたのに、何一つ、〈わたし〉の仕事と言えるもの、〈わたし〉の生き方と言えるものをつかむことのないままに・・・焦燥感は、自分が鳥籠にうずくまっているイメージに収斂した。やがて子の成長と共に、鳥籠の扉にカギはかかっていない、という、しごく当たり前のことに気づいた、わけだが・・・タケイの「おりがみ」の終盤、〈追いかけているうちに/かけていた眼鏡の色が/がらりと変わり/「砂漠」の外に出ている/自分に気づいた〉に、激しく共鳴してしまう。もちろん、こうした心情は女性に限られたことではないかもしれない。しかし、子育てという特異な至福の期間は、社会や世界からの隔絶を感覚的に強いる。まるで、〈世界中が雪にすっぽり覆われて〉いるかのように。しかしその白さと静けさの中で、雪の下で静かに育まれていく物の芽のように、確かに育っていくものもある。
タケイの詩集の中に繰り返し現れる、幼子のまなざし。〈とうめいな目〉〈黒目の奥がぴかぴか光って〉〈目の中に星がある〉〈もうしぶんのない透明度で/瞳が滲む〉それぞれ、「ミーアキャットの子は年上の兄弟からサソリの狩りを学ぶ」「シロちゃん」「熊の子ども」から引いたが、じっとたじろぐことなく見つめる目に射貫かれ、人間としての覚悟を強いられたように思う一瞬の感覚に通じるものがある。母と子として、というよりも、人と人として対峙し、人間はどのように成長していくのか、どのように世界を把握していくのか、と見つめ、見守り、体感していくうちに、タケイは他者との新たな距離の取り方を身に着けていったのではないだろうか。「飛田」に現れる〈あなた〉との関係、「沼周辺」に〈かどのないまるい家〉として描かれる、他者の暮らしへのまなざし。あるいは、時に痛みを伴い、狩るもの、狩られるものという力関係として現れざるを得ない、〈わたし〉と〈あなた〉との緊迫した関係。(「錦鯉」「山鳥」など。)関係性を喩に展開する豊かさを得たということは、その外側に立って見つめる視点を獲得したということでもあるだろう。その認識は、〈砂漠〉や〈雪にすっぽり覆われて〉いるという体感を潜り抜けた時に、タケイの身に実感として降りてきた感覚なのだと思う。
今、豊かさ、という言葉を用いたが、タケイの詩の持つ妙味は、とりわけ寓意的な散文詩に現れる、想像力を自在に羽ばたかせるような鮮明な映像の面白さ、ひらがなの柔らかさや言葉の響きを熟知した比喩の豊かさにあるといってもいいかもしれない。たとえば、「みとりとみどりと」からは、官能的と言ってもよい味わいと触感、そして香しい柑橘の香りが匂いたつ。看取る、という切実な重さ、その時に大切な人の口元に運び、笑みを産んだかもしれない甘味と酸味。命を愛おしんだ時の記憶と、みどりご、に象徴されるような生命力の喩となる緑への祈りが、音の響きによってつながれていく。緑への想いは、〈わたし〉の中でゆれる水草の色彩や、〈わたし〉の命を受け止め、救ってくれる〈緑のふかい空中庭園〉、雑音を吸い込み、〈わたし〉を育みあたためてくれる〈苔のひろがり〉にも繰り返し現れる。(「みずくさ」「熊の子ども」「根にふれる」など。)ユーモアを含んだ語尾や、可愛らしいものを衒うことなく取り入れる感覚、弾むようなリズム感や語感なども、詩集全体を生き生きした生命力と明るさで包んでいるように思われる。
砂漠、折れそうな孤独と喪失の認識、いわば蒼白の氷雪の世界から、子どもや他者との関わりの中で見出していった、内なる緑の滴るような色彩。冬から春へ、詩は確実に芽吹いている。
※『どぅるかまら』25号掲載書評 紙幅の関係で記事中では触れることができませんでしたが、榎本櫻湖さんによるプロデュースとのことです。