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岡島弘子 詩集『洋裁師の恋』書評

 格子柄のひと区画に、小さなボッブルを並べてドット模様を織り出したような、味わいある布地・・・・・・を白いトレーシングペーパーに印刷した、紗幕のようなカバーをそっとめくる。木漏れ日に照らされた、暖かそうなグレー地に藍と洋紅を控えめに配したストライプ紋様の前身ごろが眼に飛び込んでくる。大きな黒いボタンが二つ。縦に並んでいるが、じっとこちらを見つめる瞳にも見えて来る。カバーを透かして色が仄見える美しさに、しばし見入った。カバー写真は、かつて洋裁師だった詩人が自ら仕立てた、イタリア製生地によるコートだという。

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 冒頭の「息をする」は、明るい窓際で洋裁にいそしむ作者の指先が、ボタンを取り上げるところから始まる。縫っているのはやわらかなブラウス、ボタンは虹色に光を反射する貝ボタン。〈光と風の中から つまみあげると/息を吹きかえすボタン・・・あふれそうなものを おしとどめるように/きえ入りそうなものをひきとめるように/さいごの糸をむすび切ると/その旅をおえて/ボタンはブラウスの一部となる〉。ボタンが、ボタンとしての役割を果たすために布地に縫い付けられていく行為を綴るのではなく、その時にボタンがかすかに繰り返す息づかいに気付き、耳を澄ませる繊細さに心惹かれた。

 ボタンはこれから、どのような人生ならぬボタン生を送ることになるのだろう。きっとドキドキしながら、糸穴をくぐる針と糸の動きに身を固くしているに相違ない。それは、見えざる手で地上へと取り上げられ、一枚の布という一つの場所に縫い留められていく、人の一生に似ている。様々な糸(意図)がボタンの身の内をくぐり抜け、布地に固定されていく過程を経て、〈ボタンはブラウスの一部となる〉。それは幼少期から思春期を経て、様々な刺激を経験しながらやがて一つの家庭という場所、洋裁師としての/詩人としての“仕事の場”を得て自分の生を生き始める、そんなしなやかな女性の一生にも見えてくる。

 ブラウスの一部となったボタン(成人して、自らの生を生き始めたボタン)は、想いの宿るバストをつつみ、その魅力をアピールし、時には〈いつかボタンをはずしにくる 誰かの指を想って/また息をする〉。まとうものを越えて、想いに触れようとする人との出会い、それこそが、恋を待つ心情であり、期待でもあるだろう。〈ボタンが守るものは/女体のかたちをしたみず/そして息をひとつ またひとつ/ボタンは貝であったころの/うみの呼吸をとりもどす〉。自分のルーツに想いを馳せながら、自由にのびのびと息をしているボタンが守っているもの、それは、〈女体のかたちをしたみず〉だという。想いの宿る肉体は、6割から7割が水で出来ている。そうした科学的事実だけではなく、水の詩人、と呼ばれた岡島自身の詩の肉体、その〈かたち〉を守るボタンというイメージも重なっていく。詩のテクストという表層に散りばめられた、言葉というボタン。自由に息づくボタンをそっと外すと、行間や詩行の奥に包まれた詩の肉体に、触れることができるのかもしれない。

 洋裁師という名にふさわしく、洋裁の道具や小物、手仕事の実際に即した、リアリティーのある豊かな比喩が印象に残る。〈空のすそをレースでかざり/刺繍するようなクモの糸〉(「絹糸となるところまで」)。長年、〈わたしの全生涯をかけた重み〉を支えて来た足の裏を〈たいおんといのちのほてりをもったアイロンにかえて〉様々な歪みやよじれ、皺のよった日々の思いを静かに伸ばしていくような、大地を踏みしめながら立つ女性の力をも感じさせる「アイロン」。〈ミシン針のようなあめがおちてきた〉あるいは〈やまない運針に/よすみがかがりつけられる〉という表現がインパクトを持って迫って来る「カサをわすれて」では、激しい雨に降り籠められて動きが取れない様と、鋭く心身を打つ言葉や運命に逃げ場もなく刺し貫かれていく心のイメージが重なっていく。多彩な緑に彩られる大地を色とりどりのパッチワークにたとえ、〈昼のさき/太陽のかげ〉に、見えないはずの〈たくさんの星〉を感じ取る心が見た景を〈刺繍でいっぱいの空〉にたとえる「パッチワークと刺繍」は、見るもの感じるものがすべて新鮮で輝いていた子どもの頃の視線と、洋裁を身に着け、目に見える行為の背後に見えない世界を感じ取る詩人の視点をも持つようになった大人の視線との双方が溶け合って生まれた作品であるように思う。

 〈にげまわる布はおさえ/ふたしかなものはばっさり裁つ/カーブとふくらみ/あまやかなものは裁ちバサミの先端からうまれる〉〈バラバラだったものはまとめ/反発しあうものどうしをひきよせ/待ち針でとめる/しつけ糸でしばる〉・・・たとえば「ドレスができるまで」に、リズミカルに細やかに記された手仕事の描写は、人生で出会う様々なシチュエーションで詩人がどのように対処して来たか、という人生の物語のメタファーともなっている。「ビリでも」など、ミシンの物音に〈うた〉を聴き取り、そこから意味を読み取っていくユーモラスな擬音が楽しい作品もある。このような、洋裁という行為から新たな意味を読み取っていく感性や「言葉」に対する鋭敏さが、ひとりの少女、ひとりの女性を詩人へと誘ったのだろう。

 風にそよぐ木々のさやぎを聴いて、〈樹々は自分の本当の名前を/空に届けようと/くちぐちにさわいでいる〉と感じ取る詩人は、対比するように〈私は私の/本当の名前に出会えない/本当の物語をまだ読みおえていない〉と静かな、しかし強い決意をにじませる。〈風の指が私を忙しくめくっていく/私からこぼれたおびただしい言葉を/風はとても正しく読んでいく〉。一冊の本、あるいは言の葉をまとう一本の木である〈私〉。その〈私〉から知らぬ間にこぼれ落ちていく無数の言の葉、風は正しく読んでいるのに、〈私〉自身が知らない、というその言葉を、たとえば草陰から飛び立つ羽虫のように、あるいは風に種を飛ばすアザミの冠毛のように、詩人は投げ上げ、捉え直そうとする(「本当の名前」、「空をすこしください」)。はじめて詩を投稿した時の思いをつづった「洋裁師の恋」の中に、〈つかんだ詩のことばをかきあつめては/キリキリふりしぼって命中させていた/投稿欄〉というフレーズがあった。いつのまにか、〈私〉からこぼれ落ちて行ったことばを、洋服を仕立てるように、〈切れた糸で 曲がった針で/刃こぼれの裁ちバサミで/詩をつむぎ仕立てはじめた〉詩人。集中には、タイトルにふさわしく、仄かな初恋の思い出、失恋、生涯を決定づけるような大切な人との出会いなども綴られている。しかし、その中でも最も長く続く恋は、〈ことばへの憧れ〉であったのかもしれない。

 「雪」「水と駆ける」「はかりしれない水のゆくえ」と続く流れ、そして〈水にゆるされて・・・この星をはなれようとしている兄〉への思いをつづった「いのちの春」、〈天の一滴を待って/点滴につながれ私も植物になる・・・水がせせらぎとなって幹をめぐり/一滴 一秒 一滴 一秒 としずくが/私をおとずれる〉のを鋭敏に感じ取り、〈いのちの一滴を待ちながら/点滴の管をたぐると/そのむこうに父の気配〉を幻視する「天のひとつぶ」などが、読み終えた後も深く心に残った。詩を生み出す体を〈女体のかたちをしたみず〉と捉える詩人の、水への思いがみずみずしく溢れている。

 最後に置かれた作品、「もうすぐバスがくる」は、〈ふりそそぐものを太い胴で押して/もうすぐバスがくる〉と始まり、赤ん坊から老人までの待合客に命の時間を重ねながら〈私は私一人をささえるために/私によりかかって待っている//雪にかわる前の雨を押して/もうすぐバスがくる〉と締めくくられる。詩人にいのちを与え続けた〈天のひとつぶ〉のように、静かにふりそそぐ水。天と地を結ぶ雨は、押しのけられるものとして、今はやわらかくそこにある。いつかミシン針となって降り注いだ雨のように激しく身を刺すことは、もはやない、というかのように。

『洋裁師の恋』思潮社 2018.7.1.


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by yumiko_aoki_4649 | 2018-08-09 11:21 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)
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