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鷲谷みどり 詩集『標本づくり』書評(『詩と思想』6月号掲載記事より抜粋)


優れた詩集に出会うたびに、人の持つ奥行きの深さ、創作という行為の広範な広がりに瞠目する。「現代詩」の修辞的技法は既に飽和状態に至りつつあるのかもしれないが、その用い方、組み合わせ方の多様さや斬新さに驚く。そして、その驚きを誘発するものこそ、作者個々人の内的世界の豊かさ、かけがえのなさなのであると、改めて認識する。


作者の選び取った言葉を介して、絵画のようにイメージが展開していったり、映像作品のようにさらにそれが動いていく詩集があり、言葉の響きが次々と新たなイメージを呼び込みながら、万華鏡のように移り変わって未知の世界を見せてくれる詩集がある。今、わたしが「ここ」にあること、その意味をまっすぐに、あるいは迂回しながら問いかけて来る詩集、現代社会をドキュメンタリーのように切り取りながら、表層を剥ぎ取り、背後に蠢く人間の欲望を暴き出していく詩集、見慣れた日常に秘められた美しさを偏光顕微鏡のように露わにする詩集がある。経験から滲みだすユーモア、心の鍛錬が磨き上げた思想、同時代に生きる人々や過去の歴史への眼差しが促す深い反省。「100人の詩人・100冊の詩集」を読みながら、その多彩な色彩に触れていきたい。


鷲谷みどり『標本づくり』は、今年度(68回)H氏賞候補に会員投票でトップノミネートされた詩集。夢や記憶、自意識といった〝とらえどころのないもの〟に〈かたち〉を与える詩情や意識の働きを、透明感のある筆致で捉えた秀作である。


動物園やサーカス、水棲植物園などがモチーフとなる一章は、不思議な静寂に満ちている。〈夜のしずく〉のしたたりの中から現れ出る、フラミンゴや鳥たち、象、あるいはサーカスの猛獣のイメージ。〈私の仕事は〉〈とうめいな一日の隙間に/いきものたちが 潜り込んでいかないように/見張ること〉(鳥小屋)、〈今日のけもののいのちの範囲を/手さぐりで整えていくこと〉(猛獣使い)なのだが、たとえば〈象のかたちが 整っていけばいくほど/自分の網み目が ゆるんでいくような夜/私は ふと/象のほんとうのかたちを/知らないことに気付く〉(象使い)。象を像と読み替えることも可能かもしれない。鳥のような、猛獣のような性質を帯びた〝何か″のイデアとして現れ出るものに、〈かたち〉を与えること。それは、名付け得ないものに見合う言葉を求め、意識によって捉え得るものとする行為である。漠然とした夢に〈かたち〉が与えられたとき、そのイメージは息づき始める。〈私〉の中でいのちを持った〈いきものたち〉を見守る〈私〉の視線は、自身の〈りんかく〉の曖昧さへと向かう。


昨日の私が、明日の私へと続いていくこと、その保証は自らの記憶の内にしか存在しない。しかしその記憶は、小さな刺激でほつれていく編地のように頼りないものに過ぎない。この確かなようでいて曖昧な〈私〉の存続という哲学的な命題に、鷲谷は豊かな想像力(ファンタジー)と蝕知的なイメージを介してしなやかに向きあ。夜毎に花のように閉じられるの意識が再び広げられるとき、その白い折り目に溜まっ(魚の夢)のイメージは鮮烈である。鷲谷の底にある井戸は、こうして夜ごとに滴る詩情を汲み上げる水脈となる


もう一人の私を夢想し、あるいは有り得たかもしれない私の〈標本〉を作り上げるかのような繊細な手つきで記された二章は、記憶の中の私、早逝したらしい姉の姿に重なっていく私、想像力が作り出したかもしれないもう一人の私を、こけしや張り子の人形、あみぐるみ、刺繍などの手仕事のイメージを介在させながら、情感豊かに追っていく。〈かたち〉を持った時から、〈死〉への逃れようもない道程に置かれることになる〈いきもの〉の宿命。生の一瞬の輝きを持ち帰り、ひとつの〈かたち〉へと再構成していく「標本づくり」とは、曖昧なイメージに〈かたち〉を与え、記憶の断片を物語に再編していく詩作のアナロジーでもある。


函館出身の鷲谷ならではの冬や雪の捉え方も魅力的だ。雪男や雪女を独自に捉え直し、〈いのち〉や〈かたち〉についての詩想を展開していく。全篇を通じて、卓抜な比喩が理智と詩情とを巧みに結びつけている。


装幀も美しい。白地に砕け散るガラスの破片、その向こうに伸びる、繊細なトンボの翅脈。高島鯉水子によるデザインは、詩集の情感を見事に形象化している。


(『詩と思想』2018年6月号「100人の詩人・100冊の詩集」を読む19 より)

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by yumiko_aoki_4649 | 2018-08-20 09:05 | 読書感想、書評、批評
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