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カテゴリ:読書感想、書評、批評( 34 )

和田まさ子詩集『軸足をずらす』書評

 前作の『かつて孤独だったかは知らない』(2016)では、移動する身体が呼び込んだ感情や体感と、深い知性に裏打ちされた思索とが接点を求め、時に共鳴し、時に軋みあいながら、和田独自の一致点を求めてうごめいているように思われた。

 今年の夏(20187月)に刊行された『軸足をずらす』では、精神が一歩先に出て、一致しようとする身体をむしろ後ろへ、後ろへと脱ぎ捨てて行こうとしているようにみえる。それにしても、軸足をずらす、とは、ユニークな題名である。軸足を、どこから、いずこへずらすのか。ずらすことで得られる、新たな地平とはどのようなものだろうか。試みに“身体”、“アジア”、そして“ニンゲン”をキーワードとして探っていきたい。

 

 詩集は「極上の秋」という作品から始まる。冒頭と後半を引用する。

 

 シュウメイギクが咲いている団地の

 角を曲がった、その角を

 同じ角度であとから曲がる人がいて

 真似られているから

 今日のわたしを一枚めくる

 もともとはがれやすい皮でできている

 おはじきのようにからだじゅうに散らばった感情が

 ひとつに集合し、かたまりのなかで

 じぶんと親密になる

 (中略)

 もう、ここに用はない

 理由があってもなくても

 靴底は新しい

 行きなさいと声がする

 角を曲がって

 にんげんが逆さに立っている野原まで

 (以下略)

シュウメイギクがもたらす晴朗な秋の気配の中を、〈用はない〉と言い切り、〈わたし〉は颯爽と歩いていく。今、居る場所から、歩み去ることから始まる詩集なのだ。皮をめくる、という身体感覚に即した表現や、〈おはじきのように〉という手触りのある鮮やかな比喩が、千々に思い乱れて自ら進路を取りかねているような心の状態を、的確に言葉に変換していく。まるで被膜のように肌を覆う過去の〈わたし〉、〈今日のわたし〉を脱ぎ捨てて、まっさらな身体で明日へと歩いていく、そんな決意が感じられる。

 〈わたし〉を取り巻く世界との軋轢・・・折り合いをつけるストレスや、他者の思惑への気遣い、人間関係のしがらみから逃れられない、今の〈わたし〉の思考回路をサッパリと脱ぎ捨て、ハンカチの上に拡げたおはじきをザーッとひとまとめに包み込むように、自分の気持ちをしっかりとホールドすることが出来たらきっと、晴れ渡る秋空のような心地がするに相違ない。続く作品にも〈昨日の雨が洗い流したから/欲望/沈滞/憂鬱/どれもわたしの身体を離れるだろう〉というフレーズがある。〈わたし〉は気持ちの“断捨離”を行おうとしているのだ。

 冒頭に現れる、角を曲がる〈わたし〉と〈同じ角度であとから曲がる人〉とは、何者だろう。〈わたし〉と同じ道を歩もうとする人と読むなら、〈じぶん〉はあえて一人の進路を選ぶ、という選択でもあるだろう。気持ちが先に立って、身体が後から付いてくるような時のもう一人の〈わたし〉と読んでみたい気もする。いずれにせよ、独立独歩の道を行こうとする〈わたし〉の歩行を促すのは、他ならぬ〈じぶん〉、つまり、〈わたし〉の精神、〈わたし〉の意志なのである。この孤独な歩行は、〈にんげんが逆さに立っている〉ような、今までの価値観が逆転するような場所、人間とはかくあるべし、というような既成概念が存在しないような地平に〈わたし〉を導くかもしれない。タイトル作品「軸足をずらす」の最後は、〈いい人だと思われなくてもいい/いつの間にかこの世にいたが/どこかに軸足をずらす/さみしい方へ傾斜するのだ〉と締めくくられる。独立独歩の歩行は、〈さみしい方〉を選ぶ、という選択でもある。

 一つ目のキーワードに“身体”を挙げた。巷間にある身体、様々な関係から逃れられない社会的身体としての肉体から、孤独な精神の歩みに重心を移すこと。〈軸足をずらす〉という試みのもたらす自由が、そこにある。

 

 二つ目のキーワード“アジア”は、「軸足をずらす」や「乗り越える」「苔玉」に現れる。アジア、と聞いた時に思い浮かべるのは、まずは東アジアから東南アジア、西アジアにかけての広い範囲の“外国”であろう。〈逃げるときは/そしらぬふうに/ゆっくりと歩く/混雑しているアジア/みんなが追っ手の目つきで並び/左右にからだを揺らして動く…平べったいからだになって/参道の流れに乗る〉(「軸足をずらす」)ここでは国名が明示されていないので、外国を訪れた時の体感の可能性が残る。しかし、〈アジアは満杯で/逃げ場を探す人たち/血がしたたる傷口が/東南アジアの地図上のどこにもあって/弟が飲み込まれていく〉と綴る「乗り越える」では、〈富士見通りの敷石〉や〈国立(くにたち)メガネ店〉と、明確に日本の固有名が登場する。「苔玉」では〈待ち合わせの鉄道の改札口の位置を探り当てられて/そこにアジアを混乱に陥れようとする人たちが迫り/またしても魚見橋のたもとで/行き場を失くした〉と、日本の橋の名前が出て来る。この魚見橋は、川崎市多摩区にある実際の橋の名称だろう。冒頭の詩「極上の秋」に登場する、〈五反田川〉に架かる橋である。〈わたし〉がいるのは日本という国、という通常の概念をいったん捨てて、〈アジア〉という広範な場所の中の一地点、という視点に、〈軸足をずら〉しているの日本、という枠組み、日本という構造・・・日本の中で生まれ育ったがゆえに染み付いている思考回路や既成概念の檻から逃れ、自在な視点を得るために、あえて外部に出る、外部から見る、という試み。〈わたし〉はアジアの一部でもある日本、と見ることによって、自身を客体化しているのである。

 〈混雑しているアジア〉、人で満杯の〈アジア〉は、〈わたし〉が生きるには息苦しい場所であるらしい。新たな視点を獲得した〈わたし〉が見出す〈じぶん〉の姿、〈じぶん〉の体感を見て行こう。

〈とても濃い世間に/息があがって/川の魚が口をぱくぱくしているから/人といると呼吸を整えられなくて/ときどき顔を背ける〉(「軸足をずらす」)(※〈川の魚が口をぱくぱくしているから〉という挿入句も面白い表現である。川の魚のように、という直喩を避けたのだろうが、苦し気な魚を見た瞬間、自身がその身に同化しているゆえの表現とも取れる。この、別種のものに“なる”ことについては、また後に触れる。)

〈結論を急ぐ人たちに囲まれて/姿勢を正し/人の目を見て話す/それだけのことができない〉(「突入する」)

〈世の中はあらゆることが二者択一で…二十四時間人間でいることを求められる/人間が過剰だ//アジアは満杯で/逃げ場を探す人たち~〉(「乗り越える」)

〈どのシステムでも人間は最後尾にいて/足踏みをさせられている/あるいは指に熱中して/時間を忘れさせられている〉(「生きやすい路線」)(※指が触れているのは、スマホの画面と思しい。)

〈わたしは耐えているのだろうか/いい人になるためにしなければならないさまざまなこと/世の中への参加の仕方/過ぎ去った時間の忘れ方〉(「戸が叩かれ」)

 同調圧力が強く、空気を読むことが求められ、人と呼吸を合わせること、和を乱さないことが強く求められる傾向のある、日本。自己主張を抑え、群衆に身をゆだねることが〈人間〉だというなら・・・〈人間〉とは無言で社会の為に作動する、歯車の一部、部品の一部と、どこが異なるというのだろう。和田が「極上の秋」で記した平仮名の〈にんげん〉が、〈人間〉の理想的な姿であるとするなら、〈ニンゲン〉は社会の型枠に嵌め込まれ、息を殺して生きのびることに何の疑問も感じなくなってしまった、機械のように感情を失ってしまった〈人間〉のことに相違ない。

 

 第三のキーワード“ニンゲン”は、二篇の詩に登場する。

〈体温を測ったり/身長を測ったり/人との距離を測ったり/ニンゲンは測るものが多くて/ますます生者から遠のき〉(「上手くふさいでくれる唇」)ここでは、数値ばかりを追い求め、“にんげんらしさ”を失ってしまった〈人間〉が、〈ニンゲン〉に化している。

「石を嗅ぐ」では〈部屋はニンゲンの酸っぱいにおいで充満しているので/外に出て/見上げると/屋根は二枚の袖のかたちをしている/その上は空だ/人はあふれて/住むところを探している/郊外では/屋根の傾斜が急で/ニンゲンはそれぞれの屈折角度で滑り落ちていく/すると地上の悲嘆は着物のように折り畳まれて/空の箪笥にしまわれる〉というように、空が自ら袖を広げているような大きな視野の中で、人心地を取り戻せる居場所を探し続けるたくさんの人々、ラッシュアワーの通勤地獄や企業の効率主義によって人間性を奪われ、悲嘆を訴えることもままならず〈ニンゲン〉と化していく、郊外のベッドタウンの住人達が描かれている。

 第四のキーワードとして、人間でないものに成る、という願望を挙げても良かったかもしれないが、人間、あるいは人、に合わせていくことも辛い、ニンゲンには成りたくない、出来れば〈にんげん〉のままでいたい・・・それが〈わたし〉の願い、として包括できるので、項目としては挙げなかった。『なりたい わたし』の余韻が、ここにも響いている、と言えばよいだろうか。

 やわらかな餅が切り頃になって、切断を始めた母に〈ねえ、おかあさん/それ、にんげんの腕だよ〉と語りかける「のし餅」を読むと、やわらかなまとまりの状態、不定形でどんな形にでも成り得る状態が〈にんげん〉で、規律正しく切断され、整えられていくことが〈人間〉もしくは〈ニンゲン〉になっていくことだ、と和田が考えていることがわかる。自らが芽吹く野山そのものになっていくような「内藤橋」には、〈ココロをコトバに変えないで/人と接したい〉という願いが綴られている。「石を嗅ぐ」には、〈明るい草がなびいている野原に/分身を/見つけに行く〉というフレーズが現れる。「新聞になる」は言葉を運ぶ紙面そのものに成って読まれ、滅びていきたい、という願望であり、続いて置かれた「溺れる」は、一尾の魚、それも切り身となって〈人の腹に収まりたい〉という究極の夢想が展開される。詩人としての最終的な願いは、気持ちや想いをそのまま他者に伝え、そのままに消費されてしまうこと、味わい尽くしてもらうこと、であるのかもしれない。

〈みっともないことも少ししたが/ことばでもからだでもないところが/すばらしい速度で/成長している…いまはただのにんげんのくずになろうとも/まだ新しい一ページを開こうとしている/路線バスからの眺め/きっと美しい〉(「生きやすい路線」)

 〈軸足をずらす〉ことによって得た、一人の自由と、さみしさへの傾斜。大勢の人が乗り込む高速バスではなく、客もまばらな路線バスに乗ることを選んだ詩人は、こころの・・・魂の成長を、確かに感じているに相違ない。彫刻家の舟越保武が以前、美しいものがあるのではない、美しいと感じる心があるのだ、という意味のことを語っていた。〈路線バスからの眺め〉が、確かに美しい、と感じ取れるようになったとき、和田まさ子は“ほんとうのにんげん”になるのだろう。その時に生まれる詩は、さらに素晴らしいものであるに相違ない。

 

 装幀もさりげないが意匠がこらされている。打ちっぱなしのコンクリート壁のような無機質で冷たい質感を、リトグラフのような描画で写し取ることによって温もりに変えた表紙カバー。ほのかに光がさした天然石のような肌合いは、和紙の風合いを持つ紙質によるものだろう。見返しにもニュアンスのあるトレーシングペーパーを用いて、光を添えている。装幀、組版は詩人の岡本啓。

『軸足をずらす』2018.7月 思潮社刊

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by yumiko_aoki_4649 | 2018-08-23 12:17 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

鷲谷みどり 詩集『標本づくり』書評(『詩と思想』6月号掲載記事より抜粋)


優れた詩集に出会うたびに、人の持つ奥行きの深さ、創作という行為の広範な広がりに瞠目する。「現代詩」の修辞的技法は既に飽和状態に至りつつあるのかもしれないが、その用い方、組み合わせ方の多様さや斬新さに驚く。そして、その驚きを誘発するものこそ、作者個々人の内的世界の豊かさ、かけがえのなさなのであると、改めて認識する。


作者の選び取った言葉を介して、絵画のようにイメージが展開していったり、映像作品のようにさらにそれが動いていく詩集があり、言葉の響きが次々と新たなイメージを呼び込みながら、万華鏡のように移り変わって未知の世界を見せてくれる詩集がある。今、わたしが「ここ」にあること、その意味をまっすぐに、あるいは迂回しながら問いかけて来る詩集、現代社会をドキュメンタリーのように切り取りながら、表層を剥ぎ取り、背後に蠢く人間の欲望を暴き出していく詩集、見慣れた日常に秘められた美しさを偏光顕微鏡のように露わにする詩集がある。経験から滲みだすユーモア、心の鍛錬が磨き上げた思想、同時代に生きる人々や過去の歴史への眼差しが促す深い反省。「100人の詩人・100冊の詩集」を読みながら、その多彩な色彩に触れていきたい。


鷲谷みどり『標本づくり』は、今年度(68回)H氏賞候補に会員投票でトップノミネートされた詩集。夢や記憶、自意識といった〝とらえどころのないもの〟に〈かたち〉を与える詩情や意識の働きを、透明感のある筆致で捉えた秀作である。


動物園やサーカス、水棲植物園などがモチーフとなる一章は、不思議な静寂に満ちている。〈夜のしずく〉のしたたりの中から現れ出る、フラミンゴや鳥たち、象、あるいはサーカスの猛獣のイメージ。〈私の仕事は〉〈とうめいな一日の隙間に/いきものたちが 潜り込んでいかないように/見張ること〉(鳥小屋)、〈今日のけもののいのちの範囲を/手さぐりで整えていくこと〉(猛獣使い)なのだが、たとえば〈象のかたちが 整っていけばいくほど/自分の網み目が ゆるんでいくような夜/私は ふと/象のほんとうのかたちを/知らないことに気付く〉(象使い)。象を像と読み替えることも可能かもしれない。鳥のような、猛獣のような性質を帯びた〝何か″のイデアとして現れ出るものに、〈かたち〉を与えること。それは、名付け得ないものに見合う言葉を求め、意識によって捉え得るものとする行為である。漠然とした夢に〈かたち〉が与えられたとき、そのイメージは息づき始める。〈私〉の中でいのちを持った〈いきものたち〉を見守る〈私〉の視線は、自身の〈りんかく〉の曖昧さへと向かう。


昨日の私が、明日の私へと続いていくこと、その保証は自らの記憶の内にしか存在しない。しかしその記憶は、小さな刺激でほつれていく編地のように頼りないものに過ぎない。この確かなようでいて曖昧な〈私〉の存続という哲学的な命題に、鷲谷は豊かな想像力(ファンタジー)と蝕知的なイメージを介してしなやかに向きあ。夜毎に花のように閉じられるの意識が再び広げられるとき、その白い折り目に溜まっ(魚の夢)のイメージは鮮烈である。鷲谷の底にある井戸は、こうして夜ごとに滴る詩情を汲み上げる水脈となる


もう一人の私を夢想し、あるいは有り得たかもしれない私の〈標本〉を作り上げるかのような繊細な手つきで記された二章は、記憶の中の私、早逝したらしい姉の姿に重なっていく私、想像力が作り出したかもしれないもう一人の私を、こけしや張り子の人形、あみぐるみ、刺繍などの手仕事のイメージを介在させながら、情感豊かに追っていく。〈かたち〉を持った時から、〈死〉への逃れようもない道程に置かれることになる〈いきもの〉の宿命。生の一瞬の輝きを持ち帰り、ひとつの〈かたち〉へと再構成していく「標本づくり」とは、曖昧なイメージに〈かたち〉を与え、記憶の断片を物語に再編していく詩作のアナロジーでもある。


函館出身の鷲谷ならではの冬や雪の捉え方も魅力的だ。雪男や雪女を独自に捉え直し、〈いのち〉や〈かたち〉についての詩想を展開していく。全篇を通じて、卓抜な比喩が理智と詩情とを巧みに結びつけている。


装幀も美しい。白地に砕け散るガラスの破片、その向こうに伸びる、繊細なトンボの翅脈。高島鯉水子によるデザインは、詩集の情感を見事に形象化している。


(『詩と思想』2018年6月号「100人の詩人・100冊の詩集」を読む19 より)

※ブログにアップする際、自動的に字体が変化してしまうようです。修正を試みましたがうまくいかないので、そのままにしてあります。

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by yumiko_aoki_4649 | 2018-08-20 09:05 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

柴田三吉 詩集『旅の文法』書評

 真っ白な詩集を、石の表面のような簡素なカバーがくるんでいる。詩集『旅の文法』は、三部構成の一章と、「寓話」と題された二章からなる。

 冒頭の「椎の木林」、一瞬、椎の森、と読み、木材、と読み、椎の木ばやし、と読み直した。そういえば、昔はよく「雑木林」という言葉を使った。今は縁遠くなってしまったが、こうした身近な“はやし”のイメージなのだろう。縄文時代から私たちが食べ続けて来た椎の実を冒頭に置くことの意味を考える。地域の運動会の折に、幼児だった子どもたちと一緒に拾って、生のまま椎の実をかじったりもした(腹を壊したらどうする、と後で夫に怒られたが)。昔から私たちの糧になってきた椎の実。〈山のふもとの椎の木林で/かなしい を見つけた〉その隣では〈さびしい と/いたいたしい が見つかる〉。詩人は〈植物博士は椎の木の新種だという〉と、ユーモラスに記すのだが・・・〈やさしい は/おかしい は/うれしい はどこに と/さがし歩くひとびと〉と続く作品に、現在の日本の情景と柴田の想いが透けてみえる。

 続いて置かれた「創世記」は、除染、という言葉を一言も使わずに、除染へのやりきれない思いを綴っている。〈地面をはがす・・・ご先祖さまの魂まで袋に詰められた・・・なくなった地面に歴史を置く場所はありません〉という詩句に、被災地への深い共感と静かな怒りがにじむ。すべてを剥ぎ取られた土地で、新たに歴史を刻んでいく、ということの重さを、〈ただひとり〉という孤独を感じている者に、負わせてしまってよいわけがない。でも、私達に何ができるのだろう・・・・・・ただ、自問自答する他ない虚しさ。「やがて沸騰し」は、被災地での(まだ余震が続く中での)火葬場での光景を描いている。ここでも具体的な地名は一切出てこない。参列者と思しき語り手の最後の言葉、〈私はまだ悲しみに届かない〉という一節が響く。「靴を洗う」この作品でも、被災地の固有名は現れない。しかし記されないことによって、今私たちの居る場所が、〈その地〉にもなり得る、そのことをあぶりだしているような気がした。柴田が実際に被災地を訪れた時の体験を記したこの作品では、靴に付いた〈こまかい土〉〈見えないものを含んだ土〉を洗い落とし、〈見えないものが付着した髪を丹念に洗い/つねとは異なる泡を流す〉その泡を海へと続く排水口へと流す行為について、詩人は〈暗い家の中 灯りをともし/小さな影を映すわたしは/罪を犯したのか〉と省みる。灯りはもちろん、電気の恩恵である。文明の享受と、そのあまりにも大きい代償への想い。2014年公刊の『角度』でも、被災地への深い共感を綴っていた柴田。一部の最後に置いた「ズーム」は、グーグルの航空写真をズームして、被災地にある〈百年前、父が生まれた家〉を探し出すところから始まる。ルーツを〈その地〉に持つ詩人の心の旅。

 二部は、〈朝 台風が二つ釣れたので/目玉焼きにしてたべました〉というユーモラスな書き出しの「絵日記」で幕を開ける。群れ飛ぶ飛行機を〈ねずみ色のトンボ〉に喩え、ひとまたぎで空からサンゴ礁の島々まで足を踏み入れる見えざる存在は、青空や入道雲のような姿をしているのかもしれない。子どものようなあどけない文体で、千年をほんのひとときと見る天界の幼子が綴る絵日記。この島々は琉球弧なのだろう、続いて置かれた「沖縄」は、ストレートな題名と共に沖縄の背負う歴史そのものを体現するかのような老婆が登場する。

〈老婆の影のなかに/死者がひしめいている//影から這い出そうとする/濡れた手や足/そのたび 鎌のような日差しが/カッと照りつけては はみ出たものを/刈り取っていく・・・白くまばゆいサンゴの浜にも/死者はひしめいているが/日差しはなお激しく/だれも 地上に/這い出すことができない〉

 この詩を読んで、私自身が沖縄を訪れた時に感じた体感――葉陰や物陰から、誰かが、何かが見ている、そこに居る、ふとした折に手を伸ばしてくる、でも、なぜか怖さや不気味さは感じない、むしろ包まれるような温かさすら感じる、という不思議な“感じ”・・・・・・恐らく、事前に学んだことや、沖縄戦の資料館を訪れた時の衝撃、今でも畑を掘り返すと人骨が出て来る、というタクシードライバーの話を聞いたことも影響しているだろうと思うのだが、沖縄で体感した不思議な感覚――が、沖縄を体現するような老婆のシルエットと、目に痛いほど白く輝く骨片を敷き詰めたような浜辺との対比の中に描かれているように感じた。

 「大根だかゴボウだか」は、〈あしたから大根の引っこ抜きやな〉という若い男のつぶやきから始まる。〈大根じゃないさ ゴボウだよ/手もなくするっと抜けるさ〉本土から辺野古に集まる市民を排除する役割を担わされた青年たちなのだろう。人を、あえて人と思わないようにして、任務を果たそうとする。〈その夜 男は打ちひしがれ/かたい寝床で丸くなった//(島を引き抜くような重さだったじゃないか)//手のひらから引かない脂じみた汗/怒りには慣れているが/悲しみはつかんだことがなかった〉と締めくくられるこの作品は、人を人とも思わないように仕向ける権力構造が林立させた“椎の木”への、人間としての想いを綴っているように思われてならなかった。

 沖縄をテーマに編まれた二部に続いて、三部は朝鮮半島を旅した時の印象が主題となる。表題作の「旅の文法」は、〈はじめて訪れるとき/ただひとつの文法を覚えていった//トイレはどこですか//知らなくても死にはしないが・・・けれど忘れると/いのちにかかわることもある〉詩人は「トイレ」という一語を〈寒さをしのぐテント/かわきを癒す井戸 シェルターは/境界線はどこですか〉と応用しつつ、現状への想いを綴る。万人が必要とするトイレ。生理現象には国境も国益も主義主張も関係ない。同じ人間同志が、境界線を設け、いがみ合う切なさ。

 〈バス亭の向こうは/見渡すかぎりのトウガラシ畑/熟れた実が風に揺れ/夕日に燃える雲のようだ//かつて千の塔 千の石仏が/この野に満ちていたという〉という印象的な光景から始まる「雲住寺」では、老人が〈草むらに散らばる石くれを指さし、古い日本語で教えてくれ〉たことが、そのまま記されている。老人の日本語は、併合以来、“国語”として覚えさせられた言語でもある。〈これも仏、あれも仏、トヨトミの軍勢が壊していったのですよ。〉詩人の想いは、露わに語られることはない。しかしかの地で出された冷麺を、〈石仏の血管のような麺を/喉に詰まらせながら〉食したという行為の中に、そして、〈トウガラシをまぶされた/全羅南道の ひりひりした夏〉と感じ取った肌感覚の中にひっそりと保存され、読み手に静かに手渡される。

 二章には、柴田が社会や歴史に対する時の思いを寓話の世界に昇華して綴った作品が収められている。日常生活とからめたユーモラスな作品もあるが、「何者でもないわたしが」に現れる、根源的な倫理に触れていくような一節に胸を突かれた。〈だれもが わたしを/日本人だという なぜだろう/枝からこぼれ落ちた椎の実のように/この地の養分によって/根を伸ばしたからか・・・あの全さん あの楊さんから/額を指さされたならば/わたしは日本人であることを/引き受けなければならない・・・ひざを折って死者たちに/祈りを捧げなければならないだろう//人が 人を赦すまで/人が 人に赦されるまで〉

 柴田ひとりが負わねばならない罪ではない。しかし、私達ひとりひとりが、日本人である限り、自覚し、引き受けねばならないことであるに相違ない。その自覚を持って、死者に祈りを捧げること。互いに歴史と思いを知り、そして、赦しあう、ことにしか、道は求められないだろう。

 互いに赦しあうまで、祈り続ける。詩を綴ることは、祈りでもある。


                     『旅の文法』ジャンクション・ハーベスト刊 2018.5.20.


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by yumiko_aoki_4649 | 2018-08-10 09:17 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

岡島弘子 詩集『洋裁師の恋』書評

 格子柄のひと区画に、小さなボッブルを並べてドット模様を織り出したような、味わいある布地・・・・・・を白いトレーシングペーパーに印刷した、紗幕のようなカバーをそっとめくる。木漏れ日に照らされた、暖かそうなグレー地に藍と洋紅を控えめに配したストライプ紋様の前身ごろが眼に飛び込んでくる。大きな黒いボタンが二つ。縦に並んでいるが、じっとこちらを見つめる瞳にも見えて来る。カバーを透かして色が仄見える美しさに、しばし見入った。カバー写真は、かつて洋裁師だった詩人が自ら仕立てた、イタリア製生地によるコートだという。

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 冒頭の「息をする」は、明るい窓際で洋裁にいそしむ作者の指先が、ボタンを取り上げるところから始まる。縫っているのはやわらかなブラウス、ボタンは虹色に光を反射する貝ボタン。〈光と風の中から つまみあげると/息を吹きかえすボタン・・・あふれそうなものを おしとどめるように/きえ入りそうなものをひきとめるように/さいごの糸をむすび切ると/その旅をおえて/ボタンはブラウスの一部となる〉。ボタンが、ボタンとしての役割を果たすために布地に縫い付けられていく行為を綴るのではなく、その時にボタンがかすかに繰り返す息づかいに気付き、耳を澄ませる繊細さに心惹かれた。

 ボタンはこれから、どのような人生ならぬボタン生を送ることになるのだろう。きっとドキドキしながら、糸穴をくぐる針と糸の動きに身を固くしているに相違ない。それは、見えざる手で地上へと取り上げられ、一枚の布という一つの場所に縫い留められていく、人の一生に似ている。様々な糸(意図)がボタンの身の内をくぐり抜け、布地に固定されていく過程を経て、〈ボタンはブラウスの一部となる〉。それは幼少期から思春期を経て、様々な刺激を経験しながらやがて一つの家庭という場所、洋裁師としての/詩人としての“仕事の場”を得て自分の生を生き始める、そんなしなやかな女性の一生にも見えてくる。

 ブラウスの一部となったボタン(成人して、自らの生を生き始めたボタン)は、想いの宿るバストをつつみ、その魅力をアピールし、時には〈いつかボタンをはずしにくる 誰かの指を想って/また息をする〉。まとうものを越えて、想いに触れようとする人との出会い、それこそが、恋を待つ心情であり、期待でもあるだろう。〈ボタンが守るものは/女体のかたちをしたみず/そして息をひとつ またひとつ/ボタンは貝であったころの/うみの呼吸をとりもどす〉。自分のルーツに想いを馳せながら、自由にのびのびと息をしているボタンが守っているもの、それは、〈女体のかたちをしたみず〉だという。想いの宿る肉体は、6割から7割が水で出来ている。そうした科学的事実だけではなく、水の詩人、と呼ばれた岡島自身の詩の肉体、その〈かたち〉を守るボタンというイメージも重なっていく。詩のテクストという表層に散りばめられた、言葉というボタン。自由に息づくボタンをそっと外すと、行間や詩行の奥に包まれた詩の肉体に、触れることができるのかもしれない。

 洋裁師という名にふさわしく、洋裁の道具や小物、手仕事の実際に即した、リアリティーのある豊かな比喩が印象に残る。〈空のすそをレースでかざり/刺繍するようなクモの糸〉(「絹糸となるところまで」)。長年、〈わたしの全生涯をかけた重み〉を支えて来た足の裏を〈たいおんといのちのほてりをもったアイロンにかえて〉様々な歪みやよじれ、皺のよった日々の思いを静かに伸ばしていくような、大地を踏みしめながら立つ女性の力をも感じさせる「アイロン」。〈ミシン針のようなあめがおちてきた〉あるいは〈やまない運針に/よすみがかがりつけられる〉という表現がインパクトを持って迫って来る「カサをわすれて」では、激しい雨に降り籠められて動きが取れない様と、鋭く心身を打つ言葉や運命に逃げ場もなく刺し貫かれていく心のイメージが重なっていく。多彩な緑に彩られる大地を色とりどりのパッチワークにたとえ、〈昼のさき/太陽のかげ〉に、見えないはずの〈たくさんの星〉を感じ取る心が見た景を〈刺繍でいっぱいの空〉にたとえる「パッチワークと刺繍」は、見るもの感じるものがすべて新鮮で輝いていた子どもの頃の視線と、洋裁を身に着け、目に見える行為の背後に見えない世界を感じ取る詩人の視点をも持つようになった大人の視線との双方が溶け合って生まれた作品であるように思う。

 〈にげまわる布はおさえ/ふたしかなものはばっさり裁つ/カーブとふくらみ/あまやかなものは裁ちバサミの先端からうまれる〉〈バラバラだったものはまとめ/反発しあうものどうしをひきよせ/待ち針でとめる/しつけ糸でしばる〉・・・たとえば「ドレスができるまで」に、リズミカルに細やかに記された手仕事の描写は、人生で出会う様々なシチュエーションで詩人がどのように対処して来たか、という人生の物語のメタファーともなっている。「ビリでも」など、ミシンの物音に〈うた〉を聴き取り、そこから意味を読み取っていくユーモラスな擬音が楽しい作品もある。このような、洋裁という行為から新たな意味を読み取っていく感性や「言葉」に対する鋭敏さが、ひとりの少女、ひとりの女性を詩人へと誘ったのだろう。

 風にそよぐ木々のさやぎを聴いて、〈樹々は自分の本当の名前を/空に届けようと/くちぐちにさわいでいる〉と感じ取る詩人は、対比するように〈私は私の/本当の名前に出会えない/本当の物語をまだ読みおえていない〉と静かな、しかし強い決意をにじませる。〈風の指が私を忙しくめくっていく/私からこぼれたおびただしい言葉を/風はとても正しく読んでいく〉。一冊の本、あるいは言の葉をまとう一本の木である〈私〉。その〈私〉から知らぬ間にこぼれ落ちていく無数の言の葉、風は正しく読んでいるのに、〈私〉自身が知らない、というその言葉を、たとえば草陰から飛び立つ羽虫のように、あるいは風に種を飛ばすアザミの冠毛のように、詩人は投げ上げ、捉え直そうとする(「本当の名前」、「空をすこしください」)。はじめて詩を投稿した時の思いをつづった「洋裁師の恋」の中に、〈つかんだ詩のことばをかきあつめては/キリキリふりしぼって命中させていた/投稿欄〉というフレーズがあった。いつのまにか、〈私〉からこぼれ落ちて行ったことばを、洋服を仕立てるように、〈切れた糸で 曲がった針で/刃こぼれの裁ちバサミで/詩をつむぎ仕立てはじめた〉詩人。集中には、タイトルにふさわしく、仄かな初恋の思い出、失恋、生涯を決定づけるような大切な人との出会いなども綴られている。しかし、その中でも最も長く続く恋は、〈ことばへの憧れ〉であったのかもしれない。

 「雪」「水と駆ける」「はかりしれない水のゆくえ」と続く流れ、そして〈水にゆるされて・・・この星をはなれようとしている兄〉への思いをつづった「いのちの春」、〈天の一滴を待って/点滴につながれ私も植物になる・・・水がせせらぎとなって幹をめぐり/一滴 一秒 一滴 一秒 としずくが/私をおとずれる〉のを鋭敏に感じ取り、〈いのちの一滴を待ちながら/点滴の管をたぐると/そのむこうに父の気配〉を幻視する「天のひとつぶ」などが、読み終えた後も深く心に残った。詩を生み出す体を〈女体のかたちをしたみず〉と捉える詩人の、水への思いがみずみずしく溢れている。

 最後に置かれた作品、「もうすぐバスがくる」は、〈ふりそそぐものを太い胴で押して/もうすぐバスがくる〉と始まり、赤ん坊から老人までの待合客に命の時間を重ねながら〈私は私一人をささえるために/私によりかかって待っている//雪にかわる前の雨を押して/もうすぐバスがくる〉と締めくくられる。詩人にいのちを与え続けた〈天のひとつぶ〉のように、静かにふりそそぐ水。天と地を結ぶ雨は、押しのけられるものとして、今はやわらかくそこにある。いつかミシン針となって降り注いだ雨のように激しく身を刺すことは、もはやない、というかのように。

『洋裁師の恋』思潮社 2018.7.1.


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by yumiko_aoki_4649 | 2018-08-09 11:21 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

麻生直子 詩集『端境の海』書評

 小雪の舞う冬の原野に、黒地に青のグラデーションを響かせたアイヌ紋様刺繍が浮かび上がる。色味の異なる二種類の白で腰から下をキリリと締めたような美しい表紙カバー。中央にほうっと神秘的な光がにじみ出しているような作品は、チカップ美恵子の「シンルシ/苔」という作品だという。

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 端境(はざかい)と書いて、ハキョウ、と読ませる。破鏡にも通じる凛とした響きの美しさと、なにかが現れ出るような、海の狭間。分かたれた二者が、海のゆらぎの内に再び出逢う、その場所であるのだろうか。

 

 詩集は「死者は仮面をかぶって逝く」という作品から始まる。〈死者は仮面をかぶって逝く/だれもが/やすらかなほほえみさえ浮かべていたという〉死者のかぶる仮面とは何か。〈やすらかなほほえみ〉を浮かべているのは、恐らくは死者であろうけれども・・・そのほほえみが仮面なのか。二連目の一節〈視る意識は/生きているひとのものだ〉が胸にずしんと落ちて来る。死者がほほえみを浮かべて逝った、と〈視る意識〉は、遺された者がそう願うゆえの幻想なのだろうか。あるいは死者の側から見た時、遺る者たちが皆、〈やすらかなほほえみさえ〉浮かべていた、というのか・・・。生きているひと、遺されるひとが〈見失い/見捨てた父や母や子を/その関係の糸のなかで囲いこみ/とむらいの冷気を黒衣で曳いていく・・・わたしたちとあなたたち/わたしとあなたが/無関係をよそおっている無表情な仮面を/仮面のなかでつちかわれた想像力を〉ここで、断ち切られるように二連は途切れ、詩は大きく広がっていく。〈棄民の時代〉に響くモンゴルの民謡、〈惨死を生きた死者たち〉へ、〈わたしたちとあなたたち〉へとゆるやかに、しかし研いだ刃を返すような鋭い一閃を差し込ませながら。

 〈視る意識は/生きているひとのものだ〉〈祈りの安息は祈るひとのものだ/それが生前あなたがしてきたことだ/あなたたちとわたしたちがしてきたことだ〉読者である“私”にも、まっすぐに差し入って来る言葉。それは、生者が死者の側に立って、そこから生者を見据える言葉だ。生者の中には、この詩を書いている自らが真っ先に含まれるだろう。死者と生者が、相互に傷つかぬよう、間に置いて来たやわらかな隔たりは、実際には生者が己の心を鎮めるために偽装したなにか、ではなかったか。〈共生をうたいながら/きょうも 未成のぎまんの物腰で/死者に仮面をかぶせないで〉。まっすぐな祈りの言葉は、願いであり、〈仮面〉をかぶせてきたわたしたちへの告発でもある。個々の家族の死者と生者の間にもある“なにか”は、天災の被災者と為政者、内乱や戦乱の被害者と権力者、虐げられた人々と虐げる者たちとの間にも存在する。両者を隔て、死者に無理やりかぶせられてきた仮面を、この詩の歌い手は取り外そうとする。〈死者の黙示を/かたりえるひととなる/そのひとのこえとともに〉。最終連に記されるのは、自らが語り得る人にならねば、という強い意識であると同時に、自分を越えた何者かの訪れに寄り添い、〈そのひとのこえとともに〉この詩集の詩を紡いでいこう、という想いなのではなかろうか。

 

 詩集は三部構成となっていて、一部には麻生自身の思い出が色濃く反映されている。別れや喪失と遭遇した時、ひとりで旅をする〈冬の波濤が風笛を吹いていた〉北の町(「雪の道」)。それは、かつては母が待っていてくれた、そして今はもう、誰も待つ人のない、故郷の町であるのかもしれない。ふとしたきっかけで湧出する、許すことの出来ない父への思い。〈わたしのかなしみを葬るために/時鳥のように/旅枕に姿をあらわず母がいる〉それは、旅先の追憶の中で、先に逝ったはずの母が思いがけず身近に現れた時の想いであり、死者が生者の悲しみを鎮魂する為に訪れてくれるという逆転に気付いた瞬間でもある(「風祀り」)。結婚が破談となった時も、母は何も語らぬうちからすべてを察して待っていてくれた。上京する際、その母を捨てた、という思いが、ことあるごとに詩人を責め立てていたのかもしれない。積年の思いは幻想の砂塵となって詩人を埋め尽くそうとする。

 だが故郷は、そうした様々な思いを受け止め、〈だれもかれもごっちゃになって戻ってくる〉いつか帰りつく場所、静かに待っていてくれる場所、〈心の在り処〉であり続けている。そんな故郷へ、詩人は〈美しいものをみるときは/いつも慕わしい人を憶いましょう〉と歌いかける(「姥神まつりのころ」「江差のうた歳時記より」「江差港へ」)。思う、でもなく、想う、でもなく、追憶の憶う、を当てる繊細さの中に、先に逝った慕わしい人々への想いが込められているように感じた。

 沖縄、韓国での体験や想いを歌った詩から始まる二部は、二つの世界が触れ合った瞬間・・・まさに、端境で感じ取った想いを書き留めた作品が収められている。外海と内海がせめぎ合う、その場所からやって来た人が手渡してくれた〈貝殻骨〉は、〈精緻なセンサー〉になる、という。それは詩人が身に供えておくべき感覚であるのかもしれない。天の川で隔てられた二人を出会わせるカササギは、韓国ではカンチェギと呼ばれるとのこと。詩人のふるさと、奥尻島でも、中国でも、インドでも輝きを放つ螢たち。アイヌ語ではぺカンペ、ベンガル地方ではパニ・フォルと呼ばれる菱の実を、万葉のうた人もまた、歌に残していること・・・国、文化、時空を隔てているものが、名前を通じて出会った瞬間に生じる感慨を捉える〈精緻なセンサー〉こそが、人に詩を書かせるのかもしれない。このセンサーは、亡き人(の気配)が訪れた瞬間をもとらえる。(「フィリリリ フィリリリ」、「供花の庭」)。集中、「今日、首を切られる黒山羊のために」という詩は、迫力に息をのんだ。〈今日、首を切られるちいさな黒山羊のために/尻込みして/足を踏ん張っているのはわたしだ〉インドのカーリー女神を祀る神殿で、実際の供儀に参会した時の作品だろうか。食事もまた、自らの身を養う生贄である、という意識を、日々、私達はどれほどに抱いているか。その私たちもまた、天災や自然の摂理、宿命によって、いつか供されることになるやもしれない。いずれにせよ、地上の生は必ず終焉する。その時までをどう生きるのか。〈わたしがわたしであるために/斧を見上げる〉という終行が深く心に残った。

 「亀裂に棲む蟹の哀歌」で始まる三部は、生者と死者、現世と異界、現実界と想像力、覚醒と夢想の世界とを隔てる端境・・・その亀裂の中に身を置いて語りだされた作品と言ってもよいかもしれない。「悪魔の排泄物」は想像力の世界で生きのびて来た〈妖怪と魔物〉についてユーモラスに書き出されるが、現実界において〈人や物にとりつく/無色透明な憑き物が確かにいる/確かに存在することを見に行かないだけだ〉という鋭い指摘から〈積み重なって折重なって増殖し/犇(ひし)めいている黒の物体(フレコンバック)が丘陵をなしている〉光景に行き当たると、私達が知らぬ間に憑りつかせてきてしまったもの――経済偏重、生産性讃美の風潮――が寒々しく身に迫って来る。それを、クーラーの効いた部屋で、文明の恩恵を享受しながらパソコンに向かっている私の矛盾も、ひとつの憑き物であるには相違ないのだが・・・。

 最後に、あとがきのように置かれた「母と漁火」が、静かに明るい光を残してくれた。子どもの頃は、男たちにまじって危険な海に出て働く母への想いが、心配や恐れ、哀しみとなって詩人の胸を占めていたらしい。それは詩人の生まれ持った強い共感力によるものでもあろう。船酔い、重労働、心細さ、そうした母の辛苦を思い遣って、小さな胸を痛めていた少女が、やがて八十歳の母を伴って故郷を訪れた時、母と共に働いていた、という人の話を聞く。〈大漁の日は、男たちに敵わないが、漁の少ない日は、お母さんが一番多くイカを獲って、自慢をする明るい人だった。いつも懸命に働いていたよと、話してくれた。〉淋しく、辛いばかりではない、懸命に明るく、誇らしく働いていた母の姿。それは、自身も母とは別の、しかし時に同様の苦労を経験し、懸命に生きて来たからこそ、実感できた喜びであったのかもしれない。“私”の知る母と知らない母とが、端境の海で静かに溶け合う。そこに生まれた安堵。〈わたしとあなた〉の記憶が巡りあう場所・・・それが、端境の海であるのかもしれない。

                                  『端境の海』思潮社 2018.6.30


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by yumiko_aoki_4649 | 2018-08-08 13:10 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

上手宰 詩集『しおり紐のしまい方』書評

 皺を与えた和紙に藍の染料を沁み込ませたような表紙カバーをめくると、鮮烈な赤が眼に飛び込んでくる。着物の裏地の紅絹のようなひとすじの艶やかさ。着物の重ねのように、藍、白、赤を重ねた色合いは、和風のトリコロールとでも名付けたくなる。

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 巻頭に置かれた「詩集」は、〈紙を繰る音がきこえる/誰かが私を読んでいるのだ〉と始まる。詩集自らが、読まれることについて語っているのだ。〈広げられた見開きだけが「今」を生き〉〈灯火の下 文字たちは/煮え立つ料理のように香りたち〉やさしく音を響かせながら、読まれること(呼ばれること)によって生き始める詩集のいのち、読む人に滋味を与え、滋養となっていく文字たちの連なりそのものについて、想いを綴っていく。〈書いた人がいなくなってから/ほんとうの本の命は始まるのだが/無言でうずくまり続ける私の暗がりに/誰かが訪れて灯をともすことなどあるのだろうか〉詩集の中に眠る言葉が、心の暗がりに灯をともしてくれる・・・と考えることはしばしばある。道行きを照らしてくれる、と思うこともある。その逆の発想をしたことがなかった。読むことと読まれることが、相互補完的に互いを生かし合う。詩集たちへの深い愛が、逆照射する視座を上手に与えたのだろうか。

 

 一章の冒頭に置かれた「鹿鳴」は、〈嘘はその場で食べてしまえばおいしく終わるが/丹精して育てればこの世を豊かにする〉と、ユーモラスな箴言風に始まる。〈嘘はこの世に実在しない物体なので/柔らかさが夢と似ている〉と続く詩は、上手の詩論を歌っているといえるだろう。虚構、フィクションは、乱暴に扱えば破れたり壊れたりしてしまうような“なにか”を、自分で作りだし、心を込めて育てていくものなのだ。そうすべきもの、という厳しい規定ではなく、その場で〈食べて〉終わりにするのも“おいしい”けれど、丹精込めて育てて行けば、世の中を豊かにするもの。そして、上手は詩を〈嘘を植えても育たない砂漠というところへ/私はこれから行こうと思っている〉と締めくくる。詩の言葉、世の中を豊かにしてくれる美しいフィクションのタネを、砂漠に踏み入って蒔き育てていく行為。殺伐とした世の中に、上手は詩のタネ、詩の心を蒔きに行こうとしている。続いて置かれた「言葉のすみか」では、自分の口から生まれ、そこから旅立ってどこかに住みつく言葉の行く末に想いを馳せる。上手にとって言葉は、人から発するとしてもその後は独自の命を持ち、人の生から離れて生き続けるものなのだ。

 

 〈私がむかし愛したあらゆる人たちの顔が〉〈あなた〉となってうずくまっているのに出会ってしまう「帰宅途中」は、〈夕暮れが私に来た〉という印象的な書き出しも含めて、人生の夕暮れが訪れようとする時と二重写しになっている。〈そうして今日も 家にたどり着けない/夕暮れが私にやってくると/顔の見えない影と/ずっと話をし続けなくてはならない〉人間が、最後にほんとうに帰り着くべき家、とは、どこにあるのだろう。突然やってくる追憶に、そこに留まっていてはいけない、と諭しながら、上手は共に歩み始めるのだが・・・かといって、帰りつく家が明確に見えているわけでもない。この詩を読んで思い出した一節がある。私が愛読している伊東静雄の、〈鳥の飛翔の跡を天空(そら)にさがすな/夕陽と朝陽のなかに立ちどまるな/手にふるる野花はそれを摘み/花とみづからをささへつつ歩みを運べ/問ひはそのままに答へであり/堪える痛みもすでにひとつの睡眠(ねむり)だ〉だった。

 上手の詩集では、共に歩み続ける「帰宅途中」の次に、「どこにも行けないもの」という神話のような、昔話のようなファンタジックな佳品が置かれている。〈空が大地を生んだとき/高いところから落としたので/足がこわれてしまった〉それゆえ大地は、どこにも行けずにうずくまったまま。(リルケの『神様の話』の中で、天から制作途上で落とされてしまった人間のことを思い出したりもした。)そこで生まれ育った草木は、動けない大地に替わって(その憧れを代弁するかのように)天空へと伸び、鳥たちは空へと飛び立とうとする・・・そんなある日、大地から生まれた朝露(とはむろん、人間のことでもある)は、小鳥に〈空高く私を連れて行っておくれ/私もまた 空から生まれた者なのだから〉と頼む。あらゆる命は〈どこにも行けない大地の上に〉〈雪のように〉降りしきる他ないのだが・・・それを知っているからこそ、命を与えられたものは、天へと向かわずにはいられないのだ。自身の生まれ故郷を目指して。そしてそこが、恐らくほんとうに帰るべき家、なのだろう。

 

 対岸(彼岸、此岸)という空間性を重ねつつ、人と人との関りについて、その思いの疎通を隔てるなにか、を水の流れに仮託していく「向こう岸」、〈罪〉と〈罰〉の関係を、人と小犬の追いかけっこのようなユーモラスな情景に引き写してみる「罪のひとつも」など、易しく優しい言葉の中に、象徴性を潜ませる作品が上手には多い。〈本を閉じるとき〉と人生の終りとを重ねつつ、〈しおり紐の付いた本は/疲れたらどこでも休みなさいと/木陰をもつ森のようだ〉と優しく始まる表題作は、がむしゃらに生き抜くべきだ、というような前のめりの人生訓ではなく、〈自分の物語を読み終えたとき 生は閉じられる〉のだから、時々しおり紐を挟んで、休みたいときには休んでもいい。ゆっくり、自分のペースで人生を歩きとおせばいいんだよ、と自分や読者に呼びかける柔らかさを持っている。そして、いつか突然・・・しおり紐が挟まれたまま、その生を閉じる時が来ても、きっとまた、誰かがその生を開いて読むときが来る。その開かれた場所で、物語の綴り手の命がそのとき、束の間の生を得るのだ。

 

 日常の生活の中から生まれた詩情を丁寧に拾い上げていく二章の最後に置かれた、ファンタジーのような2篇「宛名は「あなた」」、「貴婦人」も印象深かった。想いを伝える先、想いを届ける相手、その〈あなた〉は、人生の折々に出会ったたくさんの“あなた方”の中に、現れては消える人、であり、いつか出会うことを切実に願いながら、決して果たせない誰か、であるのかもしれない。憧憬が文字となって〈あなた〉へと向かうとき、詩が生まれるのであれば・・・詩は辿り着き得ぬ誰かに向かって綴られ続ける文字、ではないのか。

 

 〈戦争に反対して詩人たちが集まって/いったい何ができただろう/言葉にわずかな命を吹き込むこと以外に――〉という感慨と共に社会的な視点を踏まえた作品を三章に置いているが、人を一樹になぞらえた「きのうの樹」、〈問いは答えを招き寄せようとして/違う新たな問いばかり集めてしまう〉と始まる「やり直し」、目に見えぬ〈あなた〉が、〈やさしい大工しごと〉のように心の〈歪み〉の整え方を教えてくれた、という「木づち」の、童話のような優しさと美しさが心に残った。詩集に付けられた真っ赤なしおり紐を、どこに挟み込もう・・・読み終えた今、しおり紐の「しまい方」が新たな問いを産んでいる。


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by yumiko_aoki_4649 | 2018-08-03 13:52 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

北川朱実 個人誌 『CROSS ROAD』感想

 北川朱実個人誌『CROSS ROAD』11。詩篇4作と評伝エッセイ2篇を収める。個人誌とはいえ、リトルマガジンと呼びたくなるような充実した内容である。

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詩篇「遠くからきた」は、パプアニューギニアの高地から来た青年と部族長に年を聴いた時の応答から始まる。暦のように“年を数える”習慣のない二人の詩情に満ちた答えを記しながら、北川は〈生まれて まだ生きている/それだけだから〉と記す。月齢を数えることは知っていても、年齢を数える観念がない(そもそも必要ない)なぜなら、彼らにとっては、今こそが大切だから、今を生き続けているから。だから彼らは、歳をとった、という感慨を抱くこともないのだ・・・という話を聞いて、感動したことがあった。それがパプアニューギニア高地の話であったかどうか、定かではないのだが、年齢を重ねていく、年齢を意識する、という習慣が、果たして内的な体験や経験の蓄積に、どれほどの意味を持つものなのだろう。

 クロノスとカイロス。誰にも平等に与えられる、暦や時計で計り取ることができる身体外を流れる時間クロノスと、内的に感知される、個々人によって知覚の異なる時間カイロスの不思議について、いつも考える。楽しい時は過ぎるのが早く、退屈な時は長く感じるのに、記憶として色濃く残るのは前者。回想する際には、情報量が多い「楽しかった時間」の方が、情報量の空疎な「退屈だった時間」よりも長く再生される。太く短く、濃く生きる、それは「楽しい時間」「真剣に物事と向き合う時間」「退屈を感じることなく、次々に出来事をこなしていく時間」だろう。それでは、瞑想など、心を無にして時と向き合う時間は、どのように“体験”として蓄積されていくのだろう。消耗してへこんだり窪んだりした心を、リカバリーさせる、そんな再生の時間として働くのだろうか。

 北川は、パプアニューギニア高地の青年たちの時間に続けて、〈私は/誰も知らない/年月のない略歴を身体の奥にもっている〉と続ける。そこからさらに、〈遠い海底で地震が発生して/地軸がずれ//一日の長さが/百万分の一秒短くなった/と繰り返すニュース〉について記し、そのニュースを聞いた部族長が〈日に焼けた地球儀のような顔を/ぱかんと割った//遠くからきた〉と、ユーモラスかつ驚くような比喩を置いて、作品を締めくくる。私たちの体感を、はるかに超えてしまった数値のみの時間を示されたところで、私たちが生きていく上で、どれほどの意味があるのだろう。巨大な地震が起きて、どこまでも続く平面のように感知されていた世界が、ぱかっと真っ二つに割れてしまった、そんなイメージの方が、よほど“あの日”以前と以降に心身が感じている断絶の体感に近いのではないだろうか。

 〈地球儀のような顔を/ぱかんと割った〉このフレーズは、読む人によって様々なイメージを喚起されるに相違ない。私は仮面が割れるイメージや、脳内の世界が真っ二つに途切れるイメージを思い描いた。〈遠くからきた〉は、どうだろう。実際に、異なる習慣や感性、時間感覚を持つ人たちが、その観念を〈遠くから〉もたらした、という新鮮な驚きとの出会いとして読むこともできる。私たち人類が、遠くからやってきた・・・そして、その個人を越えた記憶が、私たちの体内に〈年月のない略歴〉として蓄えられている、と読むこともできるかもしれない。私たち内部の、心の感知する時間の測り方。思い出の総量と、心の柔軟度によって憶測する他はないのかもしれない。

 

 もう一篇、詩作品を紹介したい。「夜明けの水」である。〈パイナップルの実に残った/鋭い皮に/唇が切れた〉ところから始まる詩は、わずかな出血が誘う連想、〈どこかで/細い血が流れるけはいがする〉へと続き、やがて、病院という建物内部を血管のように、葉脈のように巡る水のイメージへと繋がっていく。なぜ、このような連鎖が起きるのだろう、と思ったとたんに眼に飛び込んでくる〈――点滴を続けます/医者は/体に鍵をかけて出ていくから〉という一節。北川自身の体験なのか、誰か体調不良の人のことを思って生まれた作品なのかは不明だが、点滴のチューブを流れる水が、どこから来るのか・・・人々の体内を巡る血液や水、入院している他の人達の腕に刺された点滴の針、病院の壁の内側を巡る配水管を流れる水へと自在に羽ばたく想念の力に引かれて、読者もまた、水となって方々を辺巡ることになる。北川のイマジネーションは、さらに病院の外へ、都市へと向かっていく。〈高い窓から/橋のない川を眺めた〉橋のない・・・それは実景かもしれない、対岸へ渡ることができない、という象徴的な意味合いも重ねられているかもしれない。〈背中の滑走路を垂直に飛び立って//無い青を抜けた〉背を真っ直ぐに昇って意識が中空に飛び立っていく体感をイメージする一節。(カッコよすぎる、ような気もしなくはないが・・・)青が自由や若さ、未熟さに結びつくものであるなら。無い青とは、既に逃れようのない事態を自覚していることの暗示であろうか。〈橋のない〉〈無い青〉と重ねられる、否定の言葉。そして、次のページをめくると現れる、〈カラスに追われた鳶が/給水塔のてっぺんで鳴きつづけている〉という、切迫した、逃れようのないイメージ。さらに作品は、〈深い入れ物の中で/ゆれる水〉と続く。点滴の容器を満たす水、身体という容器を満たす(体液や血液、といった)水、病院内を辺巡る水、都市を流れる水。それらに水を供給する、給水塔。作品は、次のように閉じられる。

 

 点滴を引きずって私は

 窓のむこうに広がる

 夜明けを待っている

 

 ふいに鳥の群れがあらわれ

 空を一枚くくって

 翻った

 

 曙光のようなあいさつ

 

 点滴が

 ゆるやかに川面に流れ込ん


題名の「夜明けの水」、に戻ったともいえるエンディング。心身の不調と夜の深まりと共に、体内を巡る水、院内を巡る水、都市を巡る水へと想念が及び、その供給(が止まる、循環が止まる・・・命が止まる)不吉な予感にがんじがらめになった精神が、暗雲の垂れこめた空を一枚、めくり取るように現れた〈鳥の群れ〉の啓示によって、夜明けの希望に辿り着く。点滴の液体が院外の川面に流れ込むというイメージの飛躍は、跳躍の幅が大きすぎるような気もするのだが・・・閉塞していた意識が、一気に解放される、その広がりや大きさを感覚的に捉え、伝えるためには、必要な幅であるのかもしれない。

 

 「夜のアンケート」は、生きている、と思うのはどんなときか、という素朴ながら答え難い問いに、ためらうように、戯れるように触れていく作品。「屋久島」は、屋久島への旅行体験と、老人ホームに居る、少し衰えの見え始めた母への思いとを重ねていく作品。〈青い稲妻ではじまる朝は いつも/滅んだものが立っている気がした〉という印象的な冒頭。母との歳月を凝縮するような一瞬と、今、まさに倒されようとしている〈枯れかけた縄文杉の根本に/斧が一本入ったままだ〉という情景・・・本来、次元が異なる出来事であるはずの二つの別個のイメージ、したたかに今もなおそびえたつ杉の命と、気丈であった母が記憶の衰えを見せながらも鋭く声を上げる在り様とが、〈血のぬくみを残し/大きな空の下で夢を見て〉という終行において重なり合い、溶け合うような気がした。

 

 伝説のジャズプレーヤーについて語るエッセイは、今回はビル・エヴァンス。ジャズのようにウィットに富んだきびきびした比喩に彩られた、簡潔にして味わい深い名文。「路地漂流」(十一)の安岡章太郎に関するエッセイは、詩篇の「屋久島」が反復しつつ、遠くに響いているようにも感じた。「路地漂流」から、一部を引用して紹介を終えたい。

 

〈昭和三十二年、母恒が死亡・・・二年後、安岡は、病んだ母、逃げようのない家族の束縛、戦争の傷、死を、人の動きと会話で淡々と書いた小説『海辺の光景』を発表。木の幹が中空で分かれる瞬間を見たような家族の物語は、翌年、芸術選奨及び野間文芸賞を受賞した。すべてが目の前にあるように生々しく具体的に書く。それが安岡の凄みだった・・・全てが終り病院前の海岸を歩くうち、干潮の海にあらわれた墓標のような光景に衝撃を受けて安岡は立ち尽くした。確かに一つの死を見たのだった。〉

 

 毎号が楽しみな詩誌である。


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by yumiko_aoki_4649 | 2018-06-22 15:33 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

柴田望 詩集『黒本』書評

 柴田望さんの詩集、『黒本』。インパクトのある名前と黒が印象的な表紙。描線と腐食によって描き出す銅版画のような装画、パート切り替えもかねて挿入された挿絵共に、柴田さんご自身が描いたものだという。

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 硬派の詩集である。たとえば、地球儀ならぬ「時計儀」という詩篇は、

 

 何をやってもダメに麻痺した世代の暁

 されたことに嫌な想いで苦しむのは

 じぶんも同様に嫌な想いをさせた証拠

 道を授ける進化すら余計な口出しを背に

 このままじゃいけない規律を腹に

 

と始まる。

 

 微糖化した虚しさを焼き払い

 避難警報の回数を動かぬ証拠に

 施錠された空白は廃駅に舞う

 

よく生きる、正しく生きる、その意味を不器用なまでにまっすぐに問い掛けながら、“常識”に反抗し、先達の老婆心的な“助言”にも抗う青さも抱え、自らを鞭打つような厳しさも垣間見せる。とはいえ、ユーモアも忘れない。「天秤」という詩篇では、

 

 だれにも知られたくないが

 わたしは壁にしか立てない

 床を歩いたことはない

 まっすぐに立って歩く

 あんたたちを垂直に欺す

 

 いやじつは、ぼくもわたしも

 他人と同じ角度に

 立って歩くふりをしてきた

 正体はひとそれぞれ

 微妙にズレますんで

 重ねるとキレイな放射線状の

 円になる

 (中略)

 こうなってしまうと

 おれの意見が正しいとか

 だれが気に入らないじゃなく

 妥当なラインの飽和でもなく

 ひとそれぞれのズレの総和へ

 転がって壁に弾く

 想い出の乱反射目がけて

 幼年の人影は奔る

 

大多数、へ無抵抗に組み込まれることへの反抗心。マジョリティーと言っても、結局は微妙な差異の集合体でしかない集団を、どこか皮肉を込めて、冷静に見る視点……それを図形という“目に見える”形へ寓意的に変換して提示する面白さ。最終二行の乱反射は、個人の思い出への遡行であると同時に、それぞれの人々の微妙なズレが、実は幼年期以来のその人の人生経験や思想体験、環境の影響の蓄積であることも示唆している。

 

 柴田(とオーバーラップする語り手)の幼年期を暗示する、寓話的な作品「空間」を見てみよう。

 

 いまの私よりも若い

 父は教員、母は養護教諭だった

 夏休みには必ず家族で旅行した

 あるキャンプ場でおどろく

 無数の黒い点による巨大な立方体が

 松の樹から飛びだし、羽音は風を破って

 草叢の空き地へ、さらに次の樹へ

 移動する距離と速さを間近で見た

 その日から囀りはいつも聴こえて

 庭の巣箱に来ているのだと

 夏休みが終わっても信じた

 

幼い少年が“見た”ものは、なんだったのか。大量のムクドリの群れ、そういった“説明”も成り立つだろう。だが、読み進めるうちに、立方体、という型枠にはめられて生きている人々の精神を、その群れ飛ぶ姿を、少年は“見た”のではなかったか。そんな気持ちが募って来る。

 

 職員が雛を虫かごに入れて

 「誰か欲しい子は?」手を挙げてしまった

 ゆで卵の黄身をつぶして与えるように言われ

 家に持ち帰った

 母に虫かごを見せて

 ゆで卵を作ってほしいと頼んだ

 忘れられないほど叱られた

 何故、雛をさらったのか

 親鳥は必死になって探しているに違いない

 どうしてそんな残酷な子に育ったのか

 いますぐ返してきなさい

 

“養護教諭の母”が、何よりも大切にしていたこと、それは他者の痛みを思いやること……身をもって知ること、だったのであろう。少年は実際に鳥の雛を飼ってみたい、自分のものにしてみたい、という誘惑に駆られたことがあったのかもしれない。その記憶に刻印された、激した“母”の教え。

 

 冬の朝、発語できない嘴の夢を見て

 あまりの悲しさに目覚めると

 一羽の囀りが聴こえた

 妹が最初に聴いた

 煙突のほうから寝室の壁に響く

 巣が昨夜の強風で煙突の底に落ちたのだ

 母はストーブを点けなかった

 厚着した妹の吐く息は白い

 父は床いちめん新聞を敷いて

 家じゅうの窓をぜんぶ開けて

 ストーブの円筒を頭上の壁から抜いた

 家じゅうの窓から陽の光が注がれ

 真っ黒い小さな塊が

 壁の穴から勢いよく飛びだし

 青空へ消えていった

 

冬場に鳥が巣を作るものかどうか。寓話と見る方が自然であるようにも思える。発語できない嘴とは、自身がくちばしをもった小さな鳥になっている夢を見た、ということの暗示だろう。小さな命が煙突に落ちた、その命を守るために北海道の厳しい冬の最中にも火を点けず、家族の連係プレーでその命を空へ(自由な世界へ)と逃すまでの顛末は、実話であるとしても、寓話であるとしても、両親の生き方とその姿勢を身をもって子どもたちに教えている。煙突の底に落ちたのは、言葉を(発語を)失いかけ、飛ぶこと(自由な精神の飛翔)を失おうとしている、少年の精神ではなかったか。両親は、それをいち早く見抜き、真っ黒に煤を被りながら、再びその鳥が、青空へと自力で飛び立っていくのを、手助けしたと読むのは、読み過ぎだろうか。この詩は、次のように閉じられる。

 

 当時の父母の齢を越えてしまった私は

 父母がしてくれたことを

 子どもたちに何一つできず

 どこで遊んでいるかも知らない

 でも、いつか話そう

 おとうさんが子どものころ

 いまのおとうさんよりも若い

 おじいちゃんとおばあちゃんが救った鳥の飛距離を

 

リアリティーのある寓話。「変形譚」も奇妙な後味を残す作品である。

 

 新しいゴミステーションの鉄カゴが

 狭い間隔で並んでいる

 

 人々は新しい鉄カゴの蓋を開けて

 次々と収まる

 

 鉄カゴには番号が刻まれている

 (内側から見ることはできない)

 

 家を出て

 鉄カゴに収まっていること以外

 普段と変わらぬ日常を生きる

 

 恐ろしいのは変化ではなく

 変化を残したまま日常が続くことだ

 

 日常から逃れたくて

 人々は喜んで収まる

 

自ら喜んで、いずれゴミとして収集され、廃棄されるゴミステーションの鉄カゴに収まっていく人々。マイナンバーを付され、そのことを忘れたまま、都会という消費生活の場に自らを嵌め込んでいく人々が暗喩されているように思われてならない。

 

 翌朝、鉄カゴに吸い込まれた人たちは消える

 戸籍上は生きたまま・・・

 どこにも見当たらない・・・

 

 マンホールの蓋を開けると

 頭だけがぎっしり詰まっており

 何も判断しない液状化された記憶が

 考えや意図の隙間に手放され

 文脈の地層を重ねる

 

 鉄カゴの脚は踊る

 

自ら判断することを放棄し、マジョリティーの意見に身を任せ、日々の楽しさ、消費の面白さにかまけているうちに、廃棄され下水に流された人々の頭(考えることをやめた人々の記憶)だけがぎっしりと詰まっている、そんな幻影。

 

 長時間労働やパワーハラスメントによる若手社員の自殺や、学校のいじめによる自殺が絶えない日本と、対照的なイタリアやフィンランドを、直球すぎるほどのストレートな、しかし小気味よいテンポの表現で比較した「デンドロカカリヤ」……平成29年、旭川市で行われた「サウンド・音楽と映像による朗読会~安部公房『デンドロカカリヤ』朗読会」をベースにした作品である。安部公房の、主人公が見慣れぬ植物に変容する物語にインスパイアされたこの作品は、安部公房の骨太かつ奇想に富んだ社会風刺、鋭い寓喩と親和性のある作者ならではの警句に満ちた作品となっている。

 

 そのほか、〈目をつぶることは/いくらでもできる……何事もなかったかのように見える日々は/新鮮な裂け目だ……目を閉じさえすれば/誰かの笑みを強烈に想い出す夜は/焦げた鏡だ!〉と、他者の痛み(身近なものから、遠い国におけるものまで)に目をつぶってやりすごす日常を鋭く突く「殺戮」、北海道らしい雪のイメージ、冬のイメージと重ねながら、あるはずのもの、見えるはずのもの…の象徴としての〈雪を《見るな》と定め〉られてしまうこと、それを常識として刷り込まれていくことへの警鐘を寓意的に描いた「文學」(この作品は、題名そのものが、文学作品を創造することの喩となっている)などが印象に残った。

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by yumiko_aoki_4649 | 2018-06-11 01:28 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

高良留美子著『女性・戦争・アジア』感想

『女性・戦争・アジア』の、広範で膨大、一つ一つの項目を突き詰めて考えていく高良留美子の仕事に圧倒されながら、関連書を繙きつつ、少しずつ読み進めた。高良氏の知識量と思索の深さはもちろんのことであるが、大きく包括的にとらえたり、異なった側面から光を当ててから緻密に検証していく論法からも、多くの学びを得る評論集だった。


読みながら、「modern」とは何か、ということを、考え続けていた。自然界の岩も川も、動植物もすべて「神」の作りだした被造物、という西欧の考え方が、対象を「物」と観る思考を促進し、自然界の事物を遠慮なく「利用」する発想へと繋がっていくのだとしたら・・・そして、神の似姿でもある人間には、それが許されている、という思考法が、産業革命以来の文化を創り出したのだとしたら・・・人が自然から切り離されていく(世界から分断されていく)近代化の帰結は、自然界への畏怖を忘れた人間にもたらされた「報い」であるような気がしてならない。


「詩における東と西」の中で、高良は〈日本人は過去一世紀以上のあいだ、西洋の文明をとり入れ、それに適応してきた。しかしそこには過剰適応の面が〉あった、と指摘している。漠然と抱き続けていたものの、言葉にならなかった違和感を、まさに言い当ててもらったような一節だった。本来アジアの一員である日本人が、「脱亜入欧」を急いだことが生み出すひずみ、自然との隔絶が生む不安や孤独、孤立感。西欧から見れば前近代的な心性の現れと認知されるかもしれない、龍神を祀ったり山の神や海の神への祭礼を行ったりするアニミズム的な伝統的な行為は、日本も含めアジア諸国において、自然への畏怖や敬意を次世代に引き継いでいく重要な役割を果たす儀礼でもあったはずだ。人も自然の事物も、自然(大地)が生み出した「もの」である、という、より大きな「全体」の中に、「物」も「者」も包含されている。意味の差異によって異なった漢字を当てられても、「もの」という音韻は同じ、おそらく発想の原点も同一。動植物だけではなく、岩や土や川などの自然の事物も人と同じように「一緒に存在するもの」である、という意識の中に、本来の平等が根差しているのではないのか。〈東と西のもつ二つの価値観の統一は、男性的なものと女性的なものの統一と共に、現代文化の緊急で本質的な課題である〉という言葉に、深く共感する。


人と人だけではなく、自然界に存在するものは皆平等、共に自然(大地)から生まれ、やがてまた土に還っていく。大地どうしをつないでいる海から「命」が生まれ、やがてまた大地に戻っていく、という循環。あらゆるものが平等に存在をゆるされているならば、本来そこに「価値の差」など生まれて来るはずがないのに、人間は優劣をつけ、自らを高い所に置こうとし・・・中には、より容易に自らを相対的に高めるために、他者を貶めようとする人もいる。

「戦争」がなぜ起きるのか、どうして「人間」「人類」は、それを防ぐことができないのか・・・文学には「起きてしまったこと」を伝えることはできても、事前に防いだり未然に留めることはできないのではないか、「現実」に対しては無力なのではないか、という、絶望的な気持ちになるが、「植民地主義の原罪と文学―9.11以後を考える」などを読むと、「戦争」を引き起こす直接的、表層的な要因が欲望や野望の衝突であったとしても、その衝突に到る過程に、他者の文化への無理解や差別意識、自分たちの文化や思想を押し付けようとする独善性(正当化する宗教、思想、理念)がある、ということを鮮明に意識させられる。この段階であれば、文学は未然に戦争と関わり、防ぐことができるかもしれない、という希望を持つこともできる。もちろん、微力であり、淡い希望であるには相違ないが。

「事実」を探り、確かめるということ、それを伝え、明らかにする、ということ・・・その時に、「出来事」を記述するのが歴史だとすれば、その時の「心情」を、同じ人間である、という普遍性を根拠として推し量り、自らのもののように感じて、心の中で再体験して、同時代の人々や後世に伝える、問いかける、その行為が文学なのだと思う。そして、同様の悲劇や苦悩を再び引き起こさない為に、人間には何が出来るのか考えさせる、自発的な行動へと促す・・・その段階における重要な役割を、文学は担っているのだと考え直す。外交交渉の現場や、国際会議の議場における弁論に、根の部分で繋がっているのが、そうした文学的な思考なのだ。


「弱いもの」に寄り添う、その立場に立って考える、理不尽や悲惨な現実について抗議し、非難し、改善を働きかける・・・そのことの「正しさ」についても考えさせられた。真の同情(憐憫ではなく)、真の共感とは何か。自身の理不尽や憤りを越えて、誰かの「為に」行動する、という行為に素朴な憧憬を抱いたり、理想的な生き方を見たりもするのだが・・・それは、自分自身にも内在する「英雄願望」の発露でもあるのではないか。そう考えた時、「為に」という行為の持つ両義性(それは「正義」の両義性でもある)そうした価値観にとらわれることの「恐ろしさ」について、考えざるを得ない。

「恐ろしい」というのは、ここしばらく、戦時中の詩人たちの日記や手紙を読んだり、行動について考えているせいかもしれない。戦時中の文学青年をとらえたある種のヒロイズム願望のようなもの、時代の「閉塞」を突破する為のモチベーションとなる思考。人は、何のために生きるか。レゾン・デートル、青臭い「自分探し」ともいえる、狭隘な思考かもしれないが・・・青年期だけの、あるいはある時代だけに見られる特殊なものではなくて、いつでもどこでも再び沸き起こる可能性のある感情なのではないか。その感情の渦が、熱狂的に再び「戦争」を引き起こすことに繋がりはしまいか。そして、知らぬ間に自分自身も加担することになっていく、ということになりはしまいか。その、熱狂の渦に巻き込まれずにいることと、傍観者として加担せずにいることとの相違は何か。巻き込まれないように注意喚起し続ける、という役割が、文学には求められているのではないか。


植民地主義や物質的豊かさ、国力としての強さを得ることが「近代化」であり「進歩」であると信じ、アジアのどの国にも先駆けてその「豊かさ」を「実現(獲得)」した明治維新以降の日本。日清戦争、日露戦争の「勝利」が、第一次大戦やロシア革命に揺れる「欧米列強」の勢力後退に由来するものでもあることを忘れ、「亜細亜」における「先進国」の地位を獲得したと自負していた日本。そこには西欧的近代に対するコンプレックスがあり、かつて憧憬と学びの対象であった中国や朝鮮の学問や文化への近親憎悪的な感情や、乗り越える、ために他者を矮小化し、侮蔑的に見下すことによって自らを相対的に高める、という歪んだ自尊感情の充足がある。「戦争」はもはや避けられない、武力が唯一の突破口なのだ、という「情報操作」があり、そうした中で目前に「死」が突きつけられたとき・・・(どうせ死ぬなら)野垂れ死ぬような無駄な死に方、無名の死に方ではなく、国家の「為」、英雄的な死を死ぬことによって、有名の死に方を得たい、死後に名前を残したい。なにか大きなものに自身の命を捧げることによって、無価値な死を価値ある死にしたい、というような願望が生起するだろう。同じような状況が現れた時、「国家の為」「公共の為」が強調されていくに相違ない。そのような時代的傾向が現れた時こそ・・・本来の「公共」とは何か。個々の相互的な尊重に基づく公共、権力者によって統括され、付与される公共、ではない、市民による自発的な公共をこそ、考えなければならない、と思う。

今現在の政治の動きや、「嫌韓・嫌中」のヘイトスピーチや書籍の横行、歴史修正主義者の主張などが、日中戦争や太平洋戦争が始まる前の日本と重なって見えて来る。歴史が単純に「再来」「再生」されるとは思わないが、過去を学ぶ、反省的に歴史を検証し、未来へとつなげていく、その歴史の潮流の(分子レベルの微細さではあっても)個人は一部を担っている、ということを、忘れてはならないだろう。その、庶民レベルの直感、庶民レベルの警戒心を、おろそかにしてはならないとも思う。昨今の投票率の低さや、政治的話題を日常化することへの嫌悪感、最近話題になった「お笑い」が政治風刺を行うことの是非、についての議論などについても、一人一人の市民が、自覚的に引き受けて行かねばならない課題であるはずだ。


宮沢賢治が、もう少し長生きしていたら・・・グスコーブドリのような自己犠牲を賞讃する傾向、世の為人の為、皆の幸せを考える、という生真面目さや「誠実さ」が、賢治を「国」の為に命を捧げよ、と主張する「愛国者」にしていたかもしれない。賢治の「国柱会」への入信などを見るにつけても、誠実に国家の未来を憂う青年であればあるほど、全体主義的な理想論、英雄主義に引き込まれていく恐ろしさを感じるし、それは今、現在に生きる私たちにも、突きつけられている課題であると思う。いつまた同じような選択の前に立たされるかもしれない、そのことに対する真の警戒心を、持つことができているか。

個々の命を尊重することと、自らの死を死ぬことは、きっと同義なのだ。国家や理念、といった、大きなもの、壮大なものに、自らの死を引き渡さないこと・・・同時に、死を私物化しない、自分だけのものとはしない。自然の中に還っていく始まり、としての死を意識することが、自然の一部として生き、個物としての孤独や孤立の不安を解消していくことになるのではないか。


思いが多方面に広がってなかなか自分でもまとめられずにいるのだが、以上のようなことを、『女性・戦争・アジア』を読みながら感じたり、考えたりしたのだった。


一章の「女性詩人」を読みながら思い出したことについても、書いておきたい。それは、最近読んだ三十代の男性詩人が執筆したブログ記事のことだった。日本の詩の百年を、ラップミュージックや現代のネット文化に詳しい「現代っ子」の眼で読み直す、という、面白い視点の文章だったのだが・・・そして、ほぼすべての話題に、同意したり感心したりしながら、読み進めたのでもあったが・・・戦時中の特攻隊戦士の遺した詩文に、企業戦士として疲弊していく自分たち男性の視点を重ねて共感する一方で、茨木のり子の「わたしが一番きれいだったとき」を、戦死した男たちのことなんか忘れて、新しい文化を享受しよう、そんな女性の変わり身の早さ、したたかさのようなものの現れ、という読み方をしていて、その一点に関しては、大きな違和感を覚えたのだった。(個人的に、批判のメールも送った。)もちろん、詩の読解は自由であるし、男性側からの貴重な視点として、尊重もしたいと思っている。思ってはいる、ものの・・・。

ときどき、男性たちの視線に、自分たちは企業戦士、労働力として社会で必死に働いていて、自分のための時間も満足に取れないのに、女性は楽をしている、得をしている、そんな「専業主婦」や「パートタイム主婦」への冷ややかな眼差しを感じることがある。逆にフルタイムで仕事をする女性に対して、女性としての役割(子育て)をなおざりにしている、一番大事な「仕事(家事育児)」をおろそかにして、自己実現に躍起になっている、というような見方が(姑など、女性の側からも)なされたりすることもある。

最近では、「女性詩」という言葉は死語になった、などと言う人もいるようだが(文学の世界で女性、男性、と分けること自体に問題もあるかもしれないが)、女性が女性の視点で女性の作品を読む、という行為は、男性が見落としたり誤解したりしている部分に光を当てていく、という意味でも、継続されていかねばならない。性差や社会的な差異を無くしていく、均質化していくという方向ではなく、むしろ差異を際立たせ、その際立つ中から立ち上がる、異なった視点、多様な視点をこそ、尊重すべきだ。多様な視点をぶつけ合い、共感は出来なくとも(安易な共感なら、むしろしない方がいい、)理解し合い、時には一定の譲歩もし、相互に尊重していく。意見、異見の尊重は、個人相互の尊重でもある。


五章の「詩と会い、世界と出会う旅」にも、強い感銘を受けた。

ムハンマド・オダイマ氏からの質問への〈人は言葉の海のなかに生まれ、言葉によって養われ、そして言葉の海のなかに死んでいきます。人は言葉を手段にすることも、目的にすることもできますが、人が本当にできるのは、言葉を生きることです〉(p194)という高良の回答に、深く感動した。また、マジシ・クネーネ氏の〈世界はバランスを失ってしまった。もう一度世界に調和を、秩序をもたらすことができなければ、わたしたちは大地への責任を果たすことができない〉(p243)という言葉にも、強く心を揺さぶられた。

人は、いのちを大地からいただき、言葉の海のなかで「人間」へと育っていくのかもしれない。そのことを忘れ、大地を所有物であるかのように切り刻み、「快適で便利」な生活の為に「役立つ物質」のみをかき集める行為。工業的物質文明が「進歩」と呼ぶもの・・・そんな、普段忘れていることを、思い出す、考え続ける、そしてそれを「言葉」にしていくことから、「言葉を生きる」ことは始まるように思う。言葉を欲望の伝達の為の手段として、「物」として使役するのではなく、「大地」の声を聴く、ということ。「言葉」が私たちの中を通り抜けていく時に、揺さぶったり満たしたり持ち去ったりしていく、その感覚を思い出す、ということ。〈人間はその土地に生える木に似てくる〉(p238)その土地こそが「ふるさと」「くに」なのだ。「国家」や「領土」は、その「くに」に生える木々をすべて無視して、模式図のように色分けできる平面と考える、そんな「いのち」を無視したやり方から生まれる発想なのではなかろうか。


カーリー女神など大地母神のイメージが、母系社会から父系社会へと変わっていく過程で残虐さや恐ろしさを強調する方向に変わって行った(貶められていった)であろう、ということも興味深かった。日本でも、伊弉諾と伊弉冉、両性の共同作業で世界は生み出されていったのに、火(文明)を手に入れると伊弉冉は穢れの域に追いやられて、「父」から生まれた天照が国全体を照らす、という構図に移っていく。伊弉冉は「いのち」を生み出す存在から、奪う存在としての側面ばかりが強調されていく。山姥の物語に以前から興味があるのだが、伊弉冉(大地母神)の多産、豊穣の面が「山姥」伝承に強く残されていて、興味深い。このあたりもしっかり調べていきたいと思う。


「日本の掛け合い恋歌の伝統について」の章で、高良は折口説を検討しているが、男女の役割分担のようなものが固定化している、その枠内から見ている折口の視点を、さらに超えたところから見ていく、ということの重要性にも気付かされた。今、自分が捕らわれている思考の枠組みや、社会通念から離れて、あるいはそれができなくとも、その枠内から見ている、ということを意識して、考えていくことが大切だと思う。

以上が、雑感的な補記も含めた、『女性・戦争・アジア』感想である。


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by yumiko_aoki_4649 | 2018-01-01 10:45 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)

『ことづて』柏木勇一著 書評

長年、新聞記者を務めた著者による、生と死を巡る普遍的命題に触れていく作品、社会への真摯な眼差しを垣間見る重厚な喩を多数含んだ、読み応えのある作品を収めた詩集である。全体は四部に分かれている。一部の最後に置かれた「龍の眠る海」より、引用する。

 海と大地がざわついている

 この島の地底深く

 一匹の大きな龍が深い眠りから覚めようと舌をなめている

 (中略)

 龍がひとたび寝返りを打てば

 この島 あの大陸でも

 海と大地は真っ逆さまにひっくり返る

 消えたひと

 失われたものにふたたび光が当たる時がくる

 (中略・昭和十九年に弘前から招集された、著者の父と思しき男性の来歴、〈汚泥とも糞とも区別がつかない灰になった〉顛末が語られた後)

 海と大地と いよいよ天空もざわついている

 地底から響く轟音

 黒い空に鳴る弔砲

 龍よ

 目覚めて地の底を 海の底を逆転させよ

 街を森を砂浜を あらゆる墓地をひっくり返せ

 (中略)

 この美しすぎる言葉の幻想をけちらし

 鬱憤の血を今一度黒々と蘇えさせ(ママ)るのだ

 龍よ

 世界の再生を祈る時間などはじめからない

 龍よ

 龍は嗚咽が止まらない君たちだから

読みながら、震災以来続く大地の鳴動のおおもとに死者たちの憤怒や無念が渦巻いているのではないか・・・と感じているらしい著者の想いを(明示されてはいないが)強く感じた。人は地球上の生命のごく一部でしかなく、その〝思い″が天地をも揺り動かす、などと考えるのは人間の不遜でしかないのかもしれないが・・・そんな「ちっぽけ」な人間が、第二の太陽のような核技術を手にしてしまった以上、世界を滅ぼし得る怪物になってしまったことを自覚しなければならないのに、それが出来ているとは、到底言い難い現状がある。大地の鳴動は、天地の警告、あるいは懲罰なのではないか。そのことに、お前たち人間よ、気づいているのか?そんな著者の憤りのような悲しみが、激しい行間に滲んでいる。

詩集冒頭に置かれた「薔薇の殺意」には、切腹の介錯人の覚悟に通じるような鋭利な詩行が置かれている。終連を引く。

薔薇の殺意

切断するわたしは委託された加害者

犠牲と寛容の薔薇

切断は喪失ではない

薔薇のことづてをしるしたこの手首を見よ

緑と淡紅色の萌芽のために お前を切ったこの青白い手を

園芸植物に仕立てられてしまった〈薔薇〉は、新たな命の芽吹きの為に、人の手による剪定を必要とする。剪定を加害と捉え、さらに〈喪失ではない〉と畳みかける。切断もやむなし、とする自覚の思想と覚悟。それは、苦しみを断つために、名誉を贈り鎮魂の念を込めて振り落とす太刀の一閃である「介錯」に通じるものではないのか。〈ことづて〉とは、次の命のために、我を切断せよ、と告げる薔薇の言葉でもあろう。

「棘」「喪失と誕生」と続く〝ことづて″への想いは、命を引き継いでいくために生命が払う犠牲への思いであり、犠牲者への残念(思い残し)を断ち切るために、著者が獲得した鎮魂と再生の祈りなのだと思う。

「荒地の豚」「何も変わらない」など、戦後まもなくの世相を実際の体験から描き出した作品に描かれたリアルさは、過去の記憶を今の記憶に引き寄せ、直接〝現在″の感覚として体験する切実さに支えられている。「喉」の修羅のような〈〉の姿は、とりわけ鬼気迫るものがある。二連を引用する。

酒類食品販売業の父が戦死

病弱だった母は

肉屋も営み生きた鶏を捌いた

二本の足を左手でつかみ

右手に握った剃刀で鶏の柔らかい喉を刺す

キーン 鉄のような悲鳴をあげる鶏

どす黒い生血を茶碗一杯

母はごくりと飲みこむ

母の喉が脈打つ

その夜 子どもたちは

鶏のあらゆる部位を食べあさった

すべての言葉は喉をふるわせて発せられる

(以下略)

発話の根幹である喉を搔き切り、生血をすする母。子供たちを育てるために生き延びねばならない、そんな母としての愛とも執念ともつかない何かが〝そうさせた″姿であったのだろう。

二部の最後に置かれた「新年」の中にも、母の姿が印象的に描かれている。

砂粒がいっぱいしまわれた貝を抱いて母は嫁いできた

ひと粒 ひと粒

砂を弾き

貝を撫でながら

遠く光る海の方角を見てきた

大陸から還らなかったひとをしのび

還らなかったことへの恨みと哀しみ 悔いと怒り

寂しさの炎 焔 炎 焔

たいせつな貝をそっと踏みつけて高まりを抑え

ひと粒 ひと粒ずつ捨てて生きた

(中略)

ふるさとではあの三月

母の着物がしまわれていた土蔵も流された

みんな消えた

息絶えた人々の口の中は砂でいっぱいだったよ

そう耳元にささやいた

(中略)

百一年目の新年

この先は人さまに話すことではないが 

母は

クロスを張り替えたばかりの壁に汚物をこすりつけた

ふりむいた瞬間 勝ち誇ったようににんまりと笑った

まだ少女だった母が過ごした故郷、その思い出までもが流されてしまった〈あの日〉のことは、砂を口に含んだまま、今もなお故郷を探し続ける死者たちの想いと共に記憶され続ける。しかし、その想いを叙述する抒情・・・だけでは、この詩は終わらない。命の実像を見据える透徹した眼差しの鋭さ。

この詩集では、矩形に整えられた詩行(矩形に抑制された、あるいは〝押し込められた″詩行)を組みこんだ作品が複数収められていることも印象に残った。例えば最後に置かれた「救済」の冒頭。

わたしは身体である

わたしはわたしというひとつの身体である

血を吐き

涙を流し

震え凍え

笑い叫び

ときどき感情という部外者の侵入に息をひそめる身体である

神社の植え込みに身をひそめて鳩を襲い食いちぎる猫である

連絡船から飛び降りて溺死した男の血を吸いつくす蛭である

すみれのちいさな花粉を口元でほぐしながらはこぶ蟻である

(以下略)

矩形の詩形は、感情の暴発を防ぐために施された試行錯誤の結果であるのかもしれない。言葉は、溢れかえるような感情を、その音と響きの内に収めきれるのか。かならず、その枠から溢れ出し、流れ去ってしまうなにか、があるに違いない。それでも、言葉という入れ物になんとか詰め込まねば、他者に手渡すことができない。そう考えて行くと、まるで、流れ続ける川や、水平線はるかに広がる海や湖を汲み上げるような、そんな徒労であるかのようにも思われて来るのだが・・・世界、という膨大な場所で起きていることを、感じ取るのはちっぽけな「体」に過ぎない。その「体」の中に、宇宙全体を、さらにはもっと広大な世界までをも思惟の射程に収めるような、そんな「精神」や「意識」の働きがあり、「心」の働きがある。とても不思議な想いに囚われる。

私たちの「体」や、「体」が感じ取る世界の様々な「物」を通じて、はるかなところからやってきて、なんらかの痕跡を残し、また立ち去っていくもの。その痕をなぞることしかできないとしても、後ろ姿ならば思い描くことができるかもしれない。そんな「なにか」の通り過ぎた後に残るものを、「ことづて」として読み取ること・・・音やイメージで読み取る者は音楽家、画家、と呼ばれ、言葉で為そうとする人は作家、と呼ばれるのだろう。身体性を持った言葉、体の感覚を通してしか現れ得ない言葉こそが、他者に伝え得る強度を持った言葉なのかもしれない。

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by yumiko_aoki_4649 | 2017-12-14 18:27 | 読書感想、書評、批評 | Comments(0)
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詩や詩に関わるものごとなど。


by まりも
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